エレベーターでお餅
エレベーターでお餅

 付き合う、というのはそもそも何をすることだろう、と。二十八歳にもなって、恋愛経験のない学生みたいな疑問を持ったりもする。

 いや、頭では分かっているのだ。恋人同士はデートをし、会えない日は電話やメールでやり取りし、愛を囁き合う。会えばハグやキスやそれ以上のこともして、お互いをめで、未来のことを想像する。若い頃は子どもの名前の候補を挙げたり、理想の家の話をしたり。年を重ねてからはもっと具体的に、結婚を見据えた話をしたりする。友だちに相手の愚痴や惚気話を聞いてもらったりもするだろう。が。

 それら全てがないとすれば、果たしてそれは、付き合っていると言えるのだろうか。



 六年に及ぶ片想いの末、会社の同期で同じ部署の二階堂敦貴と付き合い始めたのは、今年の三月のことだった。

 バレンタインデーの夜、二階堂から出張土産のチョコ菓子をもらって、「おまえがほしい」と告白されて。それから一ヶ月間の、交際を前提にしたお友だち期間を経て、ホワイトデーに正式にお付き合いを始めた。の、だけれど……。

 お互い出張や外回りが多い営業部に所属していて、仕事中には顔を合わせない。加えて二階堂は毎日誰かから誘いを受ける人気者。誘いも決して断らないという情に厚い性格だから、この二ヶ月、わたしたちは恋人らしいことも、むしろ顔を合わせることもほとんどないまま、なんだかもやっとした気持ちを抱えながら過ごしていた。


 と、いうのに……。そんなわたしの気持ちなんて察してくれない先輩の西島さんは、今日も平和に、彼の片想いの話をわたしに聞かせる。

「――そしたら西島さんってお優しいんですねって! 言ってくれたんだよ~、これ脈あると思う? 食事誘ってもいいかな?好きな食べ物とか知らん?」
「あー……まあ何でも美味しそうに食べてるので、何でも良いんじゃないでしょうか……」
「いつもどんな店で食べてんの? 和食? 洋食? 中華? それとも多国籍?」
「居酒屋が多いですかね、カフェとかバーにも行きますが……」
「おい鈴村ぁ、もっとためになる情報くれ! おまえだけが頼りなんだ……!」
「そう言われましても……」

 自分の恋愛も上手くいっていないのに、他人の恋愛相談に乗っている場合ではない。とは言えず、曖昧に笑って、興奮を隠しきれない西島さんを見遣った。


 細身で背が高くスーツが良く似合う、ふたつ年上の西島さんとは、ペアを組んで商談に臨むことが多い。
 仕事のあれこれをわたしに教えてくれたひとでもあるから、すごく尊敬しているけれど……。恋愛のことになると急に頼りなくなる。それを知ったのは、去年のことだ。


 社内で考え事をしながら歩いていたら躓いて、持っていた缶コーヒーをぶちまけてしまった。そこに颯爽とやって来て、天使の微笑みでハンカチを差し出した女性に恋をしたらしい。
 ハンカチはすぐにクリーニングして返したが、何かちゃんとお礼がしたい。でも何をすればいいか分からない。数週間悩んだ末、わたしに相談したのが、西島さんの片想いを知るきっかけだった。

 なぜわたしが相談役になったのかというと、その女性というのがわたしの同期で私生活でも仲良くしている南郷子だったからだ。

 同期で、しかも名前が同じ「サトコ」だったから、彼女とは入社当時から飲みに行ったり遊びに行ったりしていた。同期のみんなは彼女を「故郷の郷子」、わたしを「都会の佐都子」と呼び分けているけれど、ふたりとも出身は同市内。だから「故郷」と「都会」を付けなくてもいいのに、普通に名字で呼び分ければいいのに、と。思いつつも、お互い何も言わずに受け入れている。

 そんな仲の良い同期が相手だから、西島さんをどう思っているか探りを入れてあげようとも思ったけれど、ただの相談役が余計なところまで首を突っ込むのは控えたい。
 西島さんに「脈があるか探って来てくれ」と頼まれるまでは、ただの相談役に徹することにした。


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