エレベーターでお餅
「……なんだよ、その態度は」
「え?」
突然二階堂が低く唸るような声で言ったから、驚いて顔を上げる。彼は眉間に皺を寄せ、不機嫌にわたしを見下ろしていた。
その突然の不機嫌の理由が分からず、戸惑って一歩後退ると、ちょうどエレベーターが目的の階に着きドアが開く。
でもわたしたち降りることも、むしろ動くこともせず、ただ顔を見合わせ、ドアが静かに閉まる音を聞いた。
再び動き出したエレベーターは、どこかの階でボタンを押した誰かの元へと下降する。誰かが乗り込んで来る前に、何か話さなくては。社内で一、二を争う人気者の二階堂は、誰とでも仲が良い。きっと誰が乗り込んで来ても「お、二階堂じゃん、今日飲みに行こうよ」とそちらで会話が始まってしまう。そうなればわたしは、彼の不機嫌の理由を聞くことも、弁解することもできない。そしてまた、恋人としても同僚としても何もない日々が始まってしまう。
少し焦りながら「あの、ね、二階堂」と切り出した瞬間、エレベーターが目的の階に着いてしまい、ドアが開く。まずい、と思って、咄嗟に二階堂の腕を掴む、と。
「あれ、スズじゃん」
「え、南?」
開いたドアの向こうに立っていたのは、同期であり西島さんが想いを寄せる相手、南郷子だった。
「二階堂も、お疲れー」
「おう、お疲れ」
平和に笑いながらエレベーターに乗り込んで来た南は「ねえスズ、今日久しぶりに飲みに、」と言いかけて止めた。二階堂の腕を掴む、わたしの手が目に入ったからだ。彼女は目を細め、二階堂とわたしを交互に見ると、何かを悟ったようだった。
「ああ、やっぱり今日はいいや。あとでまた誘うわ」
「あ……うん、分かった……」
そして南は「あーあ、今日は五月二十三日かぁ」と、普段の彼女では有り得ないくらいわざとらしく切り出した。