エレベーターでお餅

 何度かみんなに声をかけられながら、足早に空いていた会議室に逃げ込んで、ふたりでふうっと息を吐く。さすが二階堂。相変わらずの人気者だ。

 邪魔されないようドアに鍵をかけ、ネクタイを緩めた二階堂は、手近な席に座り、わたしも座るように促した。二階堂の隣の席について、身体を彼の方に向けたところで「結局のところ」と切り出された。

「つまりは餅を焼いたってことだ」

 餅を焼く、はわたしたちがよく使う言葉だ。素直に「嫉妬」や「やきもち」と言うのは照れくさいのと、相手をからかう気持ちから「餅を焼く」と言い換えている。

 それはきっと西島さんと一緒にいたからだろうけど……。西島さんと一緒に出張や外回りに行くのは今に始まったことではない。この間はふたりで一泊二日の出張に行ったけれど、二階堂は特に気にしていなかったように思う。まあ顔を合わせる機会がほとんどなかったから、本当に気にしていなかったかは分からないけれど。

 首を傾げるわたしを見て、二階堂が続ける。

「エレベーターの前でおまえらに追いついたとき、西島さんはこう言ってた。絶対におまえを誘うって。振り向いてもらうって。振り向いてもらえるような男になるから待ってろって」
「……へ?」
「そしたらおまえは、楽しみにしてるって答えたから。なんだよそれ、って思って」
「いや、あの、」
「そりゃあ俺らは恋人らしいことを何ひとつしてこなかったけど、一応付き合ってるわけで。……付き合ってるよな?」
「も、もちろん……!」
「自分の彼女が別の男に誘われて、嫉妬しないやつはいないだろ」
「いや、その、」
「しかも西島さん、おまえのこと名前で呼んでたろ。普段は名字のくせに、ふたりっきりのときは名前で呼ぶのかよって。おまえもそれを許してんのかよって」

 二階堂がお餅を焼いた理由は分かった。よく分かった。そして彼が、恐ろしいくらい勘違いしているということも。
 西島さんが言った「サトコちゃん」はわたしのことではない。南郷子のことだ。でもそれを説明するためには、西島さんの片想いのことも話さなくてはならない。



< 6 / 9 >

この作品をシェア

pagetop