エレベーターでお餅
どうすべきか悩んでいると、突然二階堂が「ああ?」と気の抜けた声を出す。それを合図に顔を上げると、何やら考え込んでいる二階堂の姿。でもすぐに「ああ……」と落胆の声をあげた。
「……おまえじゃないのか」
「え、や、うーん……」
「鈴村佐都子じゃなく、南郷子か」
「ああ、ええと……」
「西島さんはおまえじゃなく、南郷子を誘うって話してたんだな? だから名前で呼んでたのか。だからおまえは、何でもない態度だったってわけか」
二階堂がこんなに早く理解したのは、普段からわりと察しが良いというのもあるけれど、さっき南にばったり会ったおかげだ。しかも南は壮絶な演技力で、必要以上に深い印象を残している。
だから西島さんには申し訳ないけれど、ここは素直に頷くことにした。
わたしの首が静かに上下するのを確認した二階堂は、大きく息を吐いて項垂れる。
「全部俺の勘違いかよ……」
「……そうなるね」
あまりに大きな落胆だったから、励ますために肩をぽんぽん撫でる。二階堂はわたしのその手に自分のそれを重ね、優しく包み込みながらも「紛らわしいんだよ、どっちか改名しろ」と悪態を吐く。
「大丈夫だよ、二階堂。わたしたちは恋人らしいことを何ひとつしていないけど、誰かからのアプローチで気持ちが揺らいだりしないから」
そりゃあ何もない数ヶ月で、もやっとすることは多々あった。でも六年の片想いが実ったのだから、少しのことで終わりにはしたくない。余計なことは言わず、今の気持ちだけを素直に伝えると、二階堂は頷いた、けれど……。
「俺は揺らぐよ」
「え? 揺らぐの?」
「ああ。揺らぐし、餅も焼く」
「それはー……困ったなぁ……」
「たぶんこんなに気持ちが揺らぐのは、恋人らしいことを何ひとつしてないせいだと思うんだよ」
「うん?」
「だから、するか。恋人らしいこと」
「んん?」