エレベーターでお餅

 話の流れが見えず戸惑っていると、二階堂は重ねたままだった手をぎゅうっと握り、わたしを自身の方に引き寄せ、距離を詰める。
 顔を上げると、思ったよりもずっと近くに二階堂がいた。もう瞳の色まではっきり分かるくらい。睫毛の数も数えられそうなくらいの距離だ。

「幸い今日は、キスの日らしいからな」
「そ、そうらしいね」
「南の言う通り、キスの口実にするには良い日だろ」
「それは、そうかもしれないけど……」
「するぞ?」
「するの?」
「するよ」

 さらに距離が埋まる。もはや二階堂の瞳に、自分の姿が映って見えそうだ。もう少し顔を上げたら、簡単に唇がくっついてしまうだろう。

 それでも二階堂は、強引に唇を奪わない。待っているのだ、わたしの返事を。

「じゃあ……しよう」

 言うと、二階堂は「じゃあ、するぞ」と囁いてゆっくり顔を傾け、残った少しの距離を埋め切った。静かに唇が、くっついた。

 わたしは今、二階堂とキスをしている。六年間片想いをしていた相手と、初めてのキスをしている。その事実が照れくさくって、軽く目を閉じ、二階堂の胸に手を置いた。
 それを合図に二階堂は身体を寄せ、わたしの後頭部と背中に腕を回す。そしてもっともっとと強請るように下唇を甘噛みするから、くすぐったくて目を開ける、と。

 ばっちり目が合ったから、あまりの恥ずかしさに、二階堂の胸を押して距離を取る。

「目! なんで目ぇ開いてるの! お願いだから瞑ろう!」
「ああ? やだよ、せっかく恋人と初めてのキスしてんのに、なんで目ぇ瞑らなきゃなんねぇんだよ」
「いや、普通瞑るでしょ! 恥ずかしいでしょ!」
「ああ、はいはい、分かった分かった。ちゃんと瞑るから」

 そう言って二階堂は、こちらに手を伸ばす。ちゃんと瞑るからもう一度しようということらしいが。「はい」も「分かった」も二回ずつだったから、いまいち信用できない。でも恋人との初めてのキスは、恥ずかしいとか照れくさいとか言う前に、嬉しいのだ。だからわたしは自ら進んで二階堂の胸に収まり、二度目のキスを強請るのだった。


 結局二階堂は二度目のキスも目を瞑らなかったし、二度目なのをいいことに、舌を絡ませたり歯茎をなぞったり唇を舐めたり、やりたい放題だった。唇をくっつけたままで「うそつき」と言ってやると「くすぐってぇよ」と。同じく唇をくっつけたままで言い返された。なるほど、確かにくすぐったい。けど、何より二階堂が愛しくて堪らなかった。



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