理系教授の秘密は甘々のはじまり
「す、すみません」

葉山はこんな時、気の弱いオタクを装うことにしていた。
急いで落としたものを拾い上げる。

よりにもよって、ぶつかった女性が少女漫画コミックのほうを拾ってしまった。

「こ、これは妹の,,,」

使い古された言い訳を口にしようとしたそのとき、

「これ、面白いですよね。今映画化されるって話題になってて、男性にも面白いって評判なんですよ」

そう言った彼女の顔をみると、なんと教え子の鈴木波実だった。

バカにした様子も見せず、自然な笑顔だった。

ばつの悪そうな葉山を思いやってか、

「私も彼氏がいたら読んでもらいたいくらい、面白いです」

と言った。

「す、鈴木さん,,,」

思わず名字を読んでしまったが(いつもは呼び捨てにしているが)、鈴木は気づかず、作家と自分が同じ名字なので嬉しいと笑った。

素の鈴木はこんなに可愛く笑うのか,,,。

「私達、趣味が合うかもしれませんね。あなたが持っている本、私もほとんど読んでます」

などど殺し文句を投げてくる。

こんな冴えない男に興味を持っているわけではあるまい。警戒心の強い葉山は、波実の真意が推し量れずその場に立ち尽くしていた。

鈴木は、購入予定の品を入れるかご、を差し出すと、葉山に"それに入れるように"と勧めた。

その上、自分も買おうとしていた本を葉山に譲ろうとしてきた。

"違う店にも売っているから"と葉山が気にやまないよう、思いやる言葉も忘れずに。

"どんだけお人好しなんだ"

感動する葉山に

「ぶつかってごめんなさい。良い週末を」

と挨拶して、波実はその場を去っていった。

そんな些細な、されど偶然が運んできた"運命の瞬間"に、葉山が落ちてしまうのは必然だった。
< 23 / 48 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop