理系教授の秘密は甘々のはじまり
学会会場を去り、神社の参拝を終えて旅館に入ったのが15時過ぎ。

神社から移動する途中、お土産屋でもらった八ツ橋を食べたけど、それでおなか一杯になってお昼は食べていない。

案内された部屋で、最初は所在なさそうにしていた波実も、部屋の中はもちろん、中庭や露天風呂の美しさに感嘆し、すっかり機嫌はなおっていた。

「おなか空いただろ?」

そんな真澄の言葉に頷こうとしたとき、部屋の入り口から襖越しに仲居の声がした。

「失礼致します」

「どうぞ」

真澄の返事を待ってから仲居が運んできたものは、きれいな形の海苔付きおにぎりと漬け物、厚焼き玉子、唐揚げだった。

「お夕飯には早いので軽食をお持ちしました。お申し出通り、お夕飯は19時からで宜しいでしょうか?」

「それでいいか?波実」

「あ、はい。ありがとうございます」

近くのコンビニかお土産屋で何か食べるものを買ってこようと思っていた波実は、その温かくて美味しそうな食べ物に猛烈に感動した。

仲居が出ていくと、波実と真澄は畳に正座してそれを食べることにした。

「教授,,,ま、真澄さんはとても気が利くんですね。女子みたい」

真澄の眉がピクッと動いた。

「気持ち悪いか?」

「いえ、私がぼんやりしてるから彼氏になる人は真澄さんくらい気が利くと助かるなあって思って」

「俺を彼氏にすればいい」

真澄は嬉しそうだが、波実は決して真澄の彼女になろうなどと高望みはしていない。恋愛も結婚も憧れは抱いていないのだから。

「これを食べたら出掛けるか?それとも露天風呂に入ってゆっくりするか?」

波実はおにぎりと厚焼き玉子を食べながら、その美味しさに身悶えている。

「美味しい!幸せー。このまま死んでも後悔しないくらい」

「大げさな。まだ風呂にも入ってないし、もっと豪華な晩御飯もまだだろ」

苦笑しながらも、真澄は、素直に感情を表現する目の前の波実に微笑んでいる。

「そうですね。せっかく教授,,,真澄さんが私達のために準備してくれたご褒美ですから、存分に楽しみます!,,,そうだなぁ、これを食べたら本館の露天風呂にも行きたいです」

"ほら"っと、波実が部屋に置かれていた館内の案内パンフレットを見せるために真澄に顔を寄せた。

ふっと薔薇の香りが鼻腔をくすぐる。

これまでどこまでも強引な態度を貫き通してきた真澄だが、ここにきて心を開いているかのような波実の態度に実は困惑していた。

"まだだ"

計画はまだ途中。完全に波実を落とすまでは気が抜けない。

「そうだな。部屋風呂は夕食の後にでも入ればいい」

真澄は恋人にするかのように、波実の頭に自分の頭をコツンとあてて一緒にパンフレットを除きこんだ。
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