七夕エンドロール
部活もせず、勉強もせず、ダムを作りたいとか言いながら、ただダムを休日に見に来るだけの私がすごい?
「うん、すごいよ・・・・・・」
「そんな大層なものじゃないよ。若い子が芸能人に憧れるとか、そんな感じ・・・・・・」
「若い子って、チトセも若いじゃん」
花は鈴の様に笑う。そして、その笑顔を引っ込めて言う。
「やっぱり、すごいよ。据山くんも・・・・・・」
据山くんが・・・・・・すごい?
私が言うのもなんだけれど、金髪にピアスをして、授業中いつも机に突っ伏している据山くんがすごいとは、申し訳ないけれど、私は思えなかった。
やがて、花は悲しそうに言う。
「私さ・・・・・・私、なにもないから・・・・・・」
「なにもない?」
「うん」
「それ、嫌み?」
図らずも私の口から出た言葉は花を非難する様な、鋭い響きを持っていた。
それでも花は悲し気な目をダムに向けたまま言った。まるで独り言のように。
「私にはさ、本当にないんだよ。なんにも」
きっと花は――私は思った。きっと花は神様に選ばれた様な人間だから、私達凡人には理解できない様な、そりゃ大きな悩みを抱えているんでしょう。
まぁ、きっと私なんかが、そしてたぶん据山くんが一生かかっても理解できないようなそんな悩みを。
「持って生まれたものの苦悩だねぇ」
私は自分の口からそんな言葉が零れ落ちるのを聞いた。
花は、それでも、怒ったりせずに、困った様に笑うだけだった。


花と据山くんが別れた。
そんな話を、私は花からではなく、クラスメイトの口から耳にする。
「ほら、花ちゃん、昨日から休んでるじゃん?」
クラスメイトAが言った。
「それでさ、やっぱり据山と別れた事が原因なのかなって思ってさ」
クラスメイトBが言った。
「チトセちゃん、花ちゃんと仲いいから、なにか聞いてないかなって思って」
クラスメイトCが言った。
ちなみにクラスメイトAは佐藤でBは小林でCは中島という名前だったけれど、そんなことどうでもよかった。
私にとって、そんなこと、どうでもよかった。
別れた?花と大介くんが?
私は私を取り囲む女子達をそのまま置き去りに、自分の机に倒れる様に座り込む。
花と、大介くんが、別れた・・・・・・?
そんな事、ないと思っていた。
だって、花はとてもいい子で、そして、なにより、花の事を見つめる据山くんの、大介くんの目は、今まで付き合っていた、どの女の子を見つめる目とも違っていたから。
大介くんの目から、本当に大切な人を見つめる、そんな温かさが感じられたから。
授業が始まり、休み時間がきて、また授業が始まった。
私は、窓の外をぼんやりと見つめる。
青い空に、ぷかぷかと雲が浮かんでいる。
こんな暢気な空の下、花は泣いているのだろうか?
布団を頭からかぶり、枕を濡らしているのだろうか?
まぁ、いいか。
私は思う。
まぁ、いいじゃないか。
いいよ。もう。


「ただいまー」
私は、花のお見舞いに行くこともなく、普通に帰宅し、普通にローファーを脱ぎ捨て、普通にエナメルバッグを部屋に放り投げて、普通に制服を脱ぎすて、デニムの短いスカートと薄いピンク色のパーカーを羽織る。
リビングではおばちゃんがテレビを見ながら、お茶を啜っていた。
私もおばあちゃんにならうように、こたつに足を入れ、テーブル上のミカンに手を伸ばす。
ミカンを一粒、二粒と口に放り込みながら、スマホを無目的にいじる。
何度か花の連絡先を開いては、閉じる。
ふーむ。
うーむ。
がー。
「なんだい。さっきから喧しいね」
おばあちゃんがこちらを睨みつけてくる。無意識に声にでていたらしい。
「んー」
私がテーブルに顎をのせ、煮え切らない返事をすると、おばあちゃんはぴしゃりと手をたたく。
「しっかりおしよ。まず、背筋をはり!ほれ!ほれ!」
おばあちゃんが座布団に乗った私のお尻をぴしぴしと叩く。
「んーーーー!」
仕方ないので、背筋をしゃんとした。
「それで?なんか悩んでいるのかい?」
「いやぁ・・・・・・別に・・・・・・」
「嘘おっしゃい。ばあちゃんが聞いてやるから、話してみ!」
「んー・・・・・・」
それでも渋っている私の目をおばあちゃんの鋭い視線が射抜く。
「友達がさ・・・・・・友達がピンチの時って、普通助けたいって思うよね?」
「はぁ?」
「友達がさ、泣いてたら、駆けつけたげて、そっと手なんか握って上げて、それが友達だよね?」
「知らんよ。そんなこと」
ばっさり切られた。
やっぱりおばあちゃんになんて話さなければよかった。
はぁ、ため息が漏れる。
「わたしゃ、思うのだけれどね、そんな事をごちゃごちゃ考えている時点で本当の友達じゃないと思うがねぇ」
私はもう一度ぐでっとして、テーブルに置いた顎を傾けておばあちゃんの方を見る。
「そんな事考えず、困っているのを知った途端に、走り出している。そんなもんじゃないのかい?友達って・・・・・・」
おばちゃんはお茶をすすり、テレビを見て、ガハハハと笑った。
私は大の字に寝転がる。
確かに。
正論過ぎてなにも言えない。
まぁ、別に今の私は正論なんて欲していなかったんだけど・・・・・・。
そんなことわかっているんだよー。
私は足をバタバタさせる。
花との関係が金メッキによって維持されていたなんて知っていたんだ。
そう、花が楽しそうに据山くんの話しをするようになったあの日から。
「んーーー!」
バタバタバタ‼


「さむ」
私は率直な感想をこぼす。
バタバタやっていたら、おばあちゃんに居間から追い出されてしまった。
私は殺風景な廊下に立ちすくむ。
そうしていると、懐かしい景色が目に浮かぶ。
大介くんがこの廊下を走り、私はそれを追う。最後には、「やかましい!」とおばあちゃんに怒られて終わる。
「大介くんは、どうしてるんだろう・・・・・・」
そんな疑問が口をつく。
「わぁっ!こんなとこでなにしてんの?おねぇちゃん⁉」
妹の千草が真っ暗な廊下に佇む私の姿を見つけて驚きの声を上げる。
「おぉ、千草、あったかそうなほっぺだねぇ」
「なに?ちょ、やめてよ、おねぇちゃん!ちめたい!おねぇちゃんの手ちめたいー!」
一通りいじめて満足すると、千草を解放する。私の手もだいぶ温かくなっていた。
「もぉ、なんなん?おねぇちゃん」
「ごめんってー。久しぶりに妹とじゃれあいたかったのさー」
「ほんと迷惑だからやめてよね!」
ついこの間まで私にされるがままだったのに、小学生の高学年ともなると、おねぇちゃんにも逆らうようになっちゃうらしい。
「あ、そういえば、久しぶりといえば、さっき、大ちゃん見たよ」
千草が私に冷やされたほっぺをむにむにしながら言う。
「大ちゃん?」
「そう。昔、おねぇちゃん仲良かったよな?大ちゃん」
「据山くん?」
「そそ。据山さん」
「どこにいたの?」
「ん?」
「据山くん、どこにいたの?」
「高松橋んとこ。なんかでっかい筒みたいな荷物背負ってたよ。遠かったし、薄暗かったから、よく見えなかったけど・・・・・・おねぇちゃん?」
千草は下駄箱で靴を履く私を見て、首を傾げる。
「どこか行くん?」
「あ、ちょっと、散歩」
「こんな時間に?もうすぐご飯もできるよ」
「大丈夫。すぐ戻るから・・・・・・」
私はそのまま千草の返事を待たずに、古びた鉄のカギを空けて、外にでる。


ミニスカートの生足は二月の空気に切り裂かれるようだ。
コートも着ていない。
失敗したなぁ。そんな事を考える。でも、私の足は進むのをやめない。
ダムの事を考える。
私はなんでダムなんか作りたいのだろうか?
そんな事を考える。
人知れず、山の中にひっそりとあり、誰に感謝されるわけでもなく、雨水を溜めて、人間の必要な時、必要な分だけ水を吐きだす。
水道水を捻る時、水不足が問題になった時でさえ、ダムは労いの声をかけられることもない。人の生活の縁の下の力持ち。
裏方の裏方。
街に生きる人々のドラマの裏の、物語では決して表現されることのない場所。
私は、なんでダムなんか作りたいのだろうか?

答えのでない問い。私はぽっかりと白い息を吐き出す。
いつかタバコを吸ってみたいな。
生まれて初めて、そんな事を思った。

そして、彼を見つける。
彼は街頭のぽっかり抜けた土手を下った河川敷にいた。
ちょうどあの頃の様に。
私は、転ばない様にゆっくりと土手を下る。
私の足音に気づいたのか、不意に据山くんがこちらを振り向く。
据山くんと目があった途端に私は足を踏み外し、土手をズザザザと滑り落ちる。
「いったたぁ」
「なにやってんだ?お前?」
据山くんがこちらに近づいて、ピタリと足を止める。
私は据山くんの視線の先に気づき、急いで転倒の際に開かれた足を閉じる。
「見たでしょ?」
「は?な、なにを?」
「なにをって・・・・・・」
このままごまかすつもりか、この男は・・・・・・。
「いつまでそんなとこ座ってるつもりだよ?ほら」
私はジト目を向けたまま、据山くんから差し出された手をつかむ。

「それで?こんなとこでなにしてんだよ?」
「据山くんはなにしてるの?」
「見りゃわかるだろ?天体観測だよ」
「花をほっといて?」
据山くんはそれには返事をせずに、望遠鏡の方へ歩いてゆく。
「ねぇ?」
「なぁ、」
私が続けて口にしようとした言葉は、据山くんが重ねて発した言葉に遮られる。
「早川、お前、俺と付き合わない?」
「は?なに言って・・・・・・だって据山くんは花が・・・・・・」
「神山の事、俺がフッタんだ」
「据山くんが?」

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