天才策士は一途な愛に跪く。
「森丘さん?どうしたの・・。お兄様が何か・・。
ったく・・もう!!
講演会前に揺さぶりかけないでよねっ!!
本当に、あの人たちは人の気持ちを理解出来ないのが難なのよね。」
聖人をよく知ってらっしゃる様子の妹は、怒りの表情ながら困ったように苦く笑っていた。
怒っている顔も可愛らしい。
私のように彫りが深くてハッキリした顔の造作で、ヒールを履くと飛び抜けて長身で大柄な私と・・。
その真逆に働く女性らしい柔らかい透明感のある容姿が少し羨ましい。
「慧もお兄様も天才肌で理解できないとこしかないの。絶対発達特性バリバリ出ちゃうわ~。
どうしよう・・。この子も慧に似たらと思うと・・。」
私は思わずクスリと笑った。
「大丈夫よ。
美桜ちゃんと二条くんのお子さんだもの。
それよりも、会場は空調効いてるから。
大切な身体、冷やさないようにね。」
「ええ・・。ありがとう。」
まだお腹はふっくらとはしていないけれど、彼女は今妊婦さんでもある。
「・・・そうだ。とりあえず、わたしは今日の講演頑張るわね。大丈夫よ、美桜ちゃん。グループワーク
楽しんで行ってね!!」
切り替えて集中しなくちゃ!!
顔をパンと両手で叩くと、美桜は大きく頷いた。
「うん。期待してますね!!講演会終わったら懇親会で搾り上げときますから大丈夫ですよ。」
慣れて妹は、兄と同じような爽やか笑みを浮かべて私に手を振った。
始まる前の緊張は、始まった後には全く消え失せていた。
演題のスライドを送りながら言葉を紡いでいく。
ホールに集まる何百人といる聴衆の存在すら私の中には映らない。
パッと映し出されたスライドから聴衆のほうへと振り返る。
振り向きざまに彼と目が確かに合った。
「それでは、資料の19ページ目を捲ってください。そこにかかれている通りに・・・。」
彼の視線を感じる。
それを意識した瞬間に頬に熱がこもる。
忘れるわけがないのに
忘れられるわけがないのに・・・。
「「山科くんは・・・。同じなんだね。」」
一瞬だけ懐かしい図書室での会話が頭を過って痛みを覚える。
少しだけ強く手に持っていたマイクをぎゅうっと握った。