天才策士は一途な愛に跪く。

いつもの、大人びた彼の雰囲気がそこにはなかった。

「高遠 誓悟か?
・・お前の父親の事が理由なのか??」

瑠維は苦しそうに声を絞り出した。

高遠 誓悟・・。

父の共同研究者だった人??

その人が、怜のお父さん・・??

全く予想も着かない言葉の押収が目の前で繰り広げられていた。


「どうかな・・。僕と父とは関係ない。父の死は全部自業自得だ。」

私を見下ろした怜は、ギラっと輝く瞳で笑った。

「なぁ・・晶。知ってるか??
父は君への贖罪のために毎年、あんたの演奏会に通って・・。
この、白い薔薇を送ってたんだよ。」

幼い頃から、隣町にある街のシティホールに父は通っていた。

小さな少女のピアノの演奏会の度に毎年毎年・・。
父は必ず出かけて行った。

そこで、必ず庭園に植えてあった白い薔薇を少女に渡す・・。

あの頃の僕は・・。

何故、毎年欠かさずにそんなことをしていたのか解らなかった。

塞がれた口が急に離れて、呼吸が楽になる。

「・・あの薔薇の花は、怜のお父様が??」

上ずった声に、怜は妖艶な笑みを向けた。

父が死んだあとに、出てきた日記を読んで全てを理解した・・。

贖罪の為に、美しい白い薔薇を自分と同じ年齢ぐらいの小さな少女へと送っていた。

そのうち、研究にかまけてばかりの父を見限った母は、兄を連れて出て行った。

「そして、14歳の冬・・。
お前の父の事件があった9年後に、突然・・。父は死んだ・・。」

君の成長を見守るのが、いつの間にか自分の使命だと感じていた・・。

それが父の唯一の遺志だった。

亡くなる数日まえに、いつも通りに薔薇の選定をして
可愛いサテンのピンク色のリボンを用意していた・・。

そこからは父の役割を引き継いでピアノの発表会に
1人で通うようになった。

美しい白い薔薇を抱えて・・。

父の莫大な遺産と、豪邸が手元に残った。

母と遺産を分けても手に余る程の金があった。

音楽を辞めた君と同じ大学を受験して・・。

「田辺」は母方の姓だった。

戸籍は高遠のまま、母の姓を名乗って近づくことにした僕は
大学院も同じ学部を受けて、ゼミを同じ専攻にした。

やっと君が僕の隣の席に座る・・。
そんな夢のような日常を手に入れた。

美しい彼女・・・。

ピアノを奏でると、それは甘美な音色を弾き出した。

短い髪が、次第に伸びて大人になっていく。

可愛いと言う表現ではなく、美しいと現すようになった君の成長を
僕はずっと見て来た。

やっと、君の隣に・・。

いつも遠くから、見守ることしか出来なかった自分の姿を君の瞳は映すようになった・・。

なのに・・。

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