天才策士は一途な愛に跪く。
「小学校の頃、森丘さんが休み時間によくオルガンで弾いていた
「仔犬のワルツ」は、とても楽しそうだったね。
コンクールや賞レースでどんどん有名になっていくのに、
森丘さんから楽しそうな笑顔が消えていった気がする。
不思議だね、世間に認められることと、自分がやりたいことって比例しないよね・・。」


「僕も、努力しても勝てない相手の前では卑屈になっちゃうよ。」

私は彼の言葉に驚いて顔を上げた。

山科聖人。

学年でも、学校でも知らない人はいない。

ミスターパーフェクトで、みんなの憧れの存在。

彼が敗北感を感じる相手なんて・・・。

「山科くん?山科くんでも・・・卑屈になっちゃうことあるんだね。」

私の言葉に困ったように眉を下げて笑う聖人の顔は少しだけ寂しそうだった。

大好きなことが好きじゃなくなっていく。

私は、一生懸命頑張ることに疲れてしまっていた。

「でも、勝つことが目的じゃないと思う。」

「誰かに勝つことを考えて、鍵盤と向き合うことはなかった。
・・・私が勝ちたいのはいつも過去の自分なの。」

大好きで、夢中で弾いていたピアノ。

きっとあの頃は私の奏でる音は今よりもっとキラキラしていた。
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