天才策士は一途な愛に跪く。
「あの頃よりも、正確さと譜面通りの完璧を求められるようになって。
私の音は私の音じゃなくなっていくような気がしてた・・。
だけど、本当は楽しそうにまたピアノを弾いている想像が出来ないことに絶望するの。」
今の将来(さき)は、きっと現在よりも暗い気がしていた。
家族に引け目を感じていた私は自分の居場所を作るためにピアノを弾くようになっていたのに・・。
いつの間にか家に帰ることまでも苦痛に感じるようになった。
部活にかこつけて、帰る時間を遅くして。
部活休みもこうして逃げている自分に自信がもてなかった。
私を驚いた表情で見つめていた彼の視線には気づかずに、私は鞄を閉じた。
「山科くんは・・・。同じなんだね。」
「・・え?同じって・・?」
鍵を閉めようとしていた聖人は驚いたようにこちらを見つめた。
暗くなった図書室の室内には下校の放送がさっきまで流れていた。
放送が止むと、室内にはシンとした静けさが広がった。
図書館の中に流れる静寂が私たちの時間を止めているようだった。
「違うところにいるんじゃないかって思ってた。」
私は、顔を上げて聖人を見た。
痛みを抱える旨を抑えるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
表情を変えたのがわかった。
「だけど、私と同じように・・。自信がなかったりするんだよね。
貴方と私は違わない・・。
だから時々、貴方は沢山の人に囲まれていても
世界で一番孤独のような・・。そんな、寂しそうな表情をしてたんだなって・・。」
聖人の目が少しだけ大きく見開かれた。
彼は、ひと呼吸置いて薄く笑いながら何かを私に告げた・・。
あの時、彼は何て言ったんだろう?
私はあの頃、貴方の苦しみを少しでも理解できていたのかな。
パーティで再会した美桜から聞いた彼の壮絶な過去の話を聞いた夜は一晩中眠れなかった。
あの日・・。
貴方が来なかった理由も何となく解ってしまった。
自分のことで精一杯だったあの頃・・。
あなたはきっと私よりも、きっと私の知っている誰よりも孤独だったのに。