天才策士は一途な愛に跪く。
聖人がプレゼントしたネックレスを付けて
嬉しそうに笑う彼女を、目を細めて見下ろす兄の優しい笑顔が過る。

あの笑顔・・。
いつか何処かで見たことがあった。

ピアノの演奏会で、聖人が現れるといつも彼女は嬉しそうに笑む。

切なそうに美しいビー玉のような瞳を細めて、私の兄を静かに見上げていた。

そんな彼女を見る兄の笑顔がそれだった?

ううん、違う。
私は知っている・・。

そのもっと昔の・・。
あの日の笑顔だった。

「お願い・・!!もう嫌なのよ・・。
お兄様が、自分の気持ちを犠牲にして傷ついてしまうのは・・。
慧、教えてよ!!」

向かい合った慧も何かを思案していた。

美桜の思い詰めたような表情に、苦しそうに眉を寄せた。



「「慧、僕・・。図書委員会に入ることにしたんだ。
だから、月曜と木曜は少しだけ音楽室に行く時間が遅くなるよ。」」

困ったように微笑んだ聖人の美麗な横顔を思い出す・・。

「・・地味だな。先生にでも、頼まれたのか??」


「「いや、自分で希望したんだよ。」」

ピアノの音色を奏でてる横で、窓の外を見下ろしている聖人に視線を向けた。

「珍しいな、委員会なんて極力入りたくないって言ってたお前が・・。」

「「「ああ、ちょっとね。見たい景色が見えるんだ・・。」」

困ったように笑った聖人に、違和感を覚えたのを覚えている・・。

あまりに遅いので、図書室に迎えに行った日があった・・。

図書室の夕焼けを背に受けて、楽しそうに談笑する聖人の姿があった。

聖人の隣で楽しそうに笑っていた少女は、ショートカット姿で大きな瞳を
キラキラ輝かせたピアノの講師の娘だった森丘 晶・・。

この雑誌に載っている彼女だった。

聖人が図書委員会に何故入ったのか・・。

彼が、ピアノが好きだった理由をいつか聞いた時に返された言葉の意味を
頭の中で整理すると答えは1つだった。

慧は、悲痛な表情で自分を見上げる琥珀色の瞳を見据えた。

大好きな彼女(美桜)の痛みは耐えられない・・。

それに、・・・自分も納得できない感情が何処かにあった。


「美桜・・。いいか、落ち着いて聞いてくれ。」

美桜は、息を潜めて慧の言葉を待った。

慧の始めた話を聞くにつれて瞳を大きく見開いて聞いていた・・。

「・・そんなの・・。・・・そんなのって・・!!」

彼女の大きく美しい琥珀色の瞳からは、涙が零れていた。

「お兄様の馬鹿っ・・。大馬鹿者よ!!」

悲痛に泣きじゃくる彼女も美しいと思える自分は、病から覚めないなと
慧は薄く笑った。

慧は、彼女の透明な涙をそっと拭って悲しそうにほほ笑んだ。

「さて、・・・美桜はどうしたい?」

「慧!?」

その言葉に、驚いて勢いよく顔を見上げた美桜は
もう1名の天才の秀麗な瞳を見つめて、少しだけ笑顔になった。

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