天才策士は一途な愛に跪く。
私は月を見上げていた・・。
広いバルコニーの手すりはひんやりと冷たい。
遠くで噴水の水飛沫の音が聞こえていた。
泣きつかれた私の目はぼってりと腫れていた。
沢山話をした・・。
お母様のこと、私がお転婆で悪戯好きな子供だったこと。
アオイと、いつも一緒に遊んでいたこと・・。
次々と現れる、色鮮やかな記憶が鮮明になっていく。
少し疲れたと言って、夕方の晩餐の後にお父様が休まれた後のことだった。
「アルバンの命は・・残り僅かなんだ。いつその時が来ても可笑しくはない・・。」
「まさか・・。あんなにお元気なのに!?お願い、悪い冗談ならやめてよ。」
アオイの言葉に一瞬、耳を疑って問い正した。
「ごめん、こんな事・・。折角再会出来たのに、僕だって・・伝えたくない!!
だけど、それが事実なんだ。」
目の前に置かれた紅茶から立ち上る湯気を、捉えようのない瞳で見つめる。
私は、再び奪われようとする父を想う。
私の瞳が熱くなる。
「そんなの・・。私、お父様を放って帰れない・・。どうしたらいいの。」
気が付くと涙が零れていた。
アオイが、椅子から立ち上がると私の傍まで来てそっと私を後ろから抱きしめた。
「アキラ、僕が君を支える・・。
最期まで一緒にいてあげてくれないか?
そして・・。いずれ僕と結婚して、この家を継いでくれないか?」
思いのよらない言葉に、私は言葉が出ずに固まっていた。
アオイと・・。結婚!?
「研究もうちのメディカル部門は優秀なスタッフがそろっている。
もちろん、研究も続けていいんだ。
経営は僕や、今までサポートしてきた面子が変わらず
大企業であるマックスブラントコンツェルンを支え続ける・・。」
「世界規模の・・。
何百万人の従業員人口がいる会社なんだ・・。
その人生を僕たちは守っていかなければならないんだ。
今は・・。返事はいらない。ゆっくり考えてみて。」
抱きしめられた腕は大きく私を包み込んでいた。
離れていくぬくもりに、私は瞳を揺らしてただ何も言えずにいた・・。
世界規模の会社を受け継いでいくなんて・・。
想像もしたこともない。
私はただのピアノ教室の先生をやっている母と、サラリーマンの義父・・。
それに、妹がいた。
外国籍の父がいた・・。
その容姿を受け継いだ外見を持つだけの平凡な娘だと思っていた・・。
研究が成功して、これからは研究三昧の人生を送るのだと勝手に思っていた。
「私が・・。アオイと・・結婚?
マックスブラントを継ぐなんて・・。」