天才策士は一途な愛に跪く。
ぎゅうっと別の手を握り込んだ聖人は、心を隠すように張り付いた笑顔を向けた。

「彼女は、ここで守られて生きていくほうがいいんです・・。
貴方の才能を引き継いで研究の才がある。
守られた環境で、のびのびと研究を続けて欲しいんです!!
それに、彼女は偽物の家族の中で育ってきました・・。
やっと本当の家族を見つけた・・・。
それがどんなに嬉しい事なのか・・。」

初めてその話を聞いた時に思った・・・。

自分と同じだと。

家には居場所の無かった自分には、その心細さが痛いほど解った・・。

「一人ぼっちだった彼女に、貴方の存在は大きい・・。
家族の存在は、貴方にも・・。晶が必要なはずです!!」

父親が生きてると知った時、手放そうと決意した。

自分が守っていこうと思っていた彼女を、命の期限が迫っている
実の父親との掛け買いのない時間を与えてあげたいと・・・。


「そうだね・・。だけど、私がいなくなったら?
晶は研究が好きな子だ。
巨大な、マックスブラントの名を継いでいく人生を、
本当に望んでいるのだろうか。」

「・・・・・。」

聖人は何も答えられなかった。

遥からも、美桜からも言われた言葉が耳に蘇っては警鐘を鳴らしていた。

晶の本当に望むもの、望む場所は違う所にある・・。

今は、自分でも何処かで気づいていた。

自分の決意が、間違っているかもしれないと言うことに。

我慢出来ない、想いを抑え込んでいる自分の本当の気持ちに・・。

「聖人くん、晶の演奏するピアノを聞いてみるといいよ。
あんなに誰かを想う切なさで溢れた演奏を、僕は聞いたことがない・・。
香澄が生きていたら、驚いたろうな。」

「あんなに美しい月の光を・・。」


「月の光・・?」

その言葉に、思わず聖人は顔を見上げた。


「そうだ・・。
いつか、彼女に聞かせてくれって・・。
伝えたままなんです・・。」

会いたくて溜まらなかった・・。

大好きな彼女にこの瞬間も会いたくて溜まらない。
そんな気持ちを理性で押し込める。

そう呟いた聖人の瞳からは一筋の涙が流れ落ちていた。

聖人は、涙目で天上を仰いだ。
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