天才策士は一途な愛に跪く。

古城にあるチャペルには、美しいグランドピアノが備え付けられてあった。

音が美しく響き渡る高い天井と、芸術品のようなステンドグラスがはめられていた。

白やオレンジの花々が飾られた列席はリボンがかけられ、とても豪華に装飾がなされ
天上のフレスコ画は天使をモチーフに描かれていた。

聖人は、その様子を二階から見下ろしていた。

アルバンから依頼された、二階から見えるチャペルの様子を携帯のカメラに収めると
言われたアドレスへと、テキストメールを打ち込んでいた。

そこに、誰かが足音と共に入室して来た。

瞳が捉えたその女性の姿に、聖人は驚いていた。

「・・・晶?」

楽譜を二冊抱えて、菫色のワンピースを着て髪を編み込んで後ろで纏めた
姿の晶が、チャペルの左側にセットされたピアノ目掛けて歩いて行く。


私は、さっきお父様から伝えられた選曲を見て驚きを隠せなかった。

花嫁さんが所望した楽曲は、私の大好きな曲ばかりだった・・。

「んーと、「アラベスク」に「月の光」か・・。
花嫁さんはドビュッシーが好きなのね。私と好みが一緒だわ。」

急遽、リクエストの入ったドビュッシーの楽譜を譜面台にそっと開いた。

そっと指を冷たい鍵盤の上に置く・・。

そこから、息を吐いて深呼吸をした。

流れるような速さのアラベスクを奏でる・・。

私の指は、鍵盤の上を滑るように動いていた。

・・・懐かしい。

よくピアノ教室で聞いていたっけ。

私が練習をしている横で、強請るように二条くんに「アラベスク」
をリクエストをしている美桜ちゃん・・。

「またか・・。」

呆れたように言いながらも、嬉しそうにピアノを奏でる彼の横顔を
ニコニコしながら眺めている彼女がとても可愛らしかった。

彼の演奏とは、全く違うアラベスクを奏でる・・。

私のアラベスクは、楽譜の速さを無視して速く速く音が高音へと駆け上がっていく・・。

「楽譜通りじゃなくていい・・。私らしく楽しく弾けばいいんだ。」

二条くんの演奏も、情感の籠った素晴らしい音を奏でていた・・・。

その人しか出せない音があることを、わたしは思い出していた。

テンポよく弾き終えると、私は嬉しくなって笑った。

楽しい・・。

ピアノを弾くことが、こんなに楽しいなんて・・。

思わず笑顔になった。


私は、楽譜の後ろに置いてあったもう1つの譜面を開く・・。

< 160 / 173 >

この作品をシェア

pagetop