天才策士は一途な愛に跪く。
ドイツに来てからは、日本にいた頃には、あんなに雨を降らせていたのが
嘘のように晴れの日ばかりが続いていた。

今夜も美しい満月が、銀色の輝きを放っていた。

「まさに、月の光だね・・・。この曲の世界観そのままだわ。」

一筋の光が差し込んでくるステンドグラスの先の丸い月を眺めて微笑んだ。

指が音を奏でだす・・。

何度も練習したあの曲を。

雨の中、彼を待ったあの日を思い出しながら・・。

切ない音を、一音一音丁寧に乗せて・・。

情感を込めて奏でだした。

私は一生彼を忘れられないかもしれない・・。

聖人との出会いと、全ての想い出をゆっくりと目を閉じて思い出していた。

彼の寂しい横顔を思い出して唇を震わせながら・・。

優しい月のような微笑み、抱きしめられた時のムスクの香り・・。

琥珀色の瞳が細められた時の、笑顔の全てを情感を込めて音に想いを乗せる。


山科 聖人は、携帯を震える右手に握りしめていた。

チャペルの中に響き渡る、粒子のように散らばり美しく光るような音の粒

に瞳を激しく揺らしていた。

慧の「月の光」が大好きだった。

だけど、晶の弾く「月の光」も別の美しさで溢れたものだった・・。

情感豊かに、愛しさが溢れた切ない音が一音一音に込められていた。

誰かを想う、強い確かな想いが溢れた音だった・・・。


「すごい・・。なんだこれ・・。胸が締め付けられる。」


琥珀色の瞳は、ピアノを奏で続ける晶から一瞬たりとも反らすことが出来ない。

一筋の光が彼女を照らしていた・・。

陶器のような肌に、赤い燃えるような色の髪・・。

青い水晶のような瞳が輝いていた。

人街の、美しい月の女神のような神々しさを放っていた。

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