天才策士は一途な愛に跪く。

思春期になると、彼女と同じ部活になろうとする男子が増えていた。

卒業アルバム編集員は、特に毎日絡む委員会だった。

違うクラスの彼女がその役に着くことを聞いた僕は、すぐに立候補をした。

勿論、望んだものになれるような品行方正な態度を取ってきたので

大抵のものは、望みが叶った。

隣で、女の子同士で楽しそうに話しながら笑う彼女を見るだけで
嬉しかった。

あの頃は、興味とか、多分好意の範疇だったのだと思う。

僕は、昔から家庭にも居場所がなくて喧嘩の多い両親と、権力主義の父親の
顔色を見て過ごしていた。

家族の中でも、両親から傷つけられてきた幼い美桜だけは・・。
兄として守りたいと強く思っていた。


僕は勉強も運動も飛びぬけてよく出来た。

いつも周りに沢山の人が寄ってくる・・。

だけど僕の世界は灰色に見えていた。

取り留めて、色はなかった。


彼女の瞳の色だけは、美しいと初めて思えた色だった・・。

全てが下らなく、とても世界はつまらなかった。

「美桜ちゃん、何で今度の演奏会での最後のトリを演奏するの??」

「嘘・・。美桜ちゃんはまだ全然下手じゃない・・。
晴海くんや、晶ちゃんのほうが上手なのにね。」

ピアノ教室に、ふらっと美桜を迎えに塾帰りの私服姿で立ち寄った時だった。

入り口を静かに入ると、待合室から女の子の話し声が聞こえてきた。

その悪意のある話の内容に、僕は驚いて目を見開いた。

僕に気づいて練習室から出てきた美桜に、わざと聞こえるような大きい
声で話しているようだった。

小さな美桜は、驚いたように待合室のほうに視線を向けた。

僕は居たたまれずに、待合室に入室しようとドアノブに手をかけた。

「そうかな・・?美桜ちゃんも頑張ってるじゃない。すごく上達して来てるって
お母さんが言ってたよ。」

聞き覚えのある声に、僕は息を殺して耳を澄ませた。

「それに・・。まるで、それじゃ・・。
お母さんが贔屓しているっていいたいみたいじゃない??
彩海ちゃんは、それが言いたいの?」

「違う、違うよ!!ごめんね、晶ちゃん。そうじゃなくて・・。」

「じゃあ、もうこの話は辞めよう。
お母さんが決めたことだから、誰かがとやかく言うことじゃないよ。」

そう言ってショートカットの少女が笑った。

「晶ちゃん・・。格好いいね。」

美桜が涙目でボソッと言った言葉に、僕は頷いていた。

気が付くと、彼女を見つめながら目を細めて笑っていた・・。

彼女は、公明正大だった。
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