天才策士は一途な愛に跪く。
スポットライトが当てられたグランドピアノの奏者は、穏やかな高音を奏でた。

切ないメロディーはホールの中ではただのバックミュージックのように各々の時間に
彩を添えていた。

私と山科 聖人を残して。

ドビュッシーの「月の光」が奏でられる。

胸には切ないあの日の想いと、
彼を会場の入り口で雨の降りしきる中ドレスのまま待ちぼうけていた
自分が映る。

何処かで来るはずないって思いながらも、奇跡を待っていた。

楽譜を胸に抱えてブルーのドレスを身にまとい、伸び始めたショートボブの髪と化粧。
付けたことがなかった白いパールのイヤリングを纏っていた。

雨が上がるように祈っていた。

「最期に弾く曲は・・・。この曲に決めてたの。
放課後に聞こえてくるピアノのように弾きたくて、
何度も練習したけどあんな音は出せなくて。
山科くんが好きだって言ってた曲をいつの間にか私も好きになってた。」

「そうなんだ・・。よく覚えてくれてたんだね。
僕が君に一度だけ、リクエストした曲だね。
・・・でも、きっぱり断られたけど。」

少し拗ねたように私を見ている聖人を見て笑顔になった。

「だって・・。弾けないよ。
あまりにあの「月の光」が上手すぎて!!
そうだった!!だって、あのピアノは二条くんの音だったもの。」

「へえ・・。驚いたな!!君は気づいてたんだね。
いつも君は物事の本質を見抜いていた。慧の才能も・・。美桜の抱えていた寂しさも。
君は人によって態度を変えることはしなかったから。」

「そんな・・。大それた人間じゃないよ。」

私は困ったように首を横に振ると、聖人に回された腕から身体を離して向き合う。

気づいていた。

貴方の孤独も・・・。

大勢の中に居ても、余計に寂しくなっていた貴方を見るたびに苦しくなった。

誰よりも孤独を望んでいた貴方がずっと好きだった。

貴方が長い眠りから目覚めた曲が「月の光」だったって美桜ちゃんから
聞いた時には苦しくて、切なくて泣いた。

私もいつか貴方にもう一度聞かせたい・・。

「山科くん、二条くんも山科への移動を許可をしているなら・・・。
出来るだけ早く引継ぎをしてそっちに移るね。」





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