天才策士は一途な愛に跪く。

緊張気味に告げた言葉に答えるように
、そっと私の両手をぎゅうっと握った。

「わかった。その日を楽しみに待ってるよ。」

嬉しそうに瞳を細めて笑う聖人の笑顔に私は嬉しかった。

その瞬間が幸せだった。

私たちは目を合わせて笑い合った。

信じられないほど長い一日になったこの日を、私は一生忘れない。


切ないメロディーは明るいショパンの「華麗なる大円舞曲」へと変わっていた。

楽しい音楽が終わった頃、華やかな懇親会は終了の挨拶とともに無事に終えた。


終了後のホテルの外はとっぷりと真っ暗な空が広がっていた。

雨はまだ降り続いている。


「いいよ！！大丈夫だから。まだ余裕で電車あるし・・。
地下鉄で帰れば家まですぐだから。」

ホテルのエントランスに停車していたタクシーに押し込まれた私は、
この状況についていけずに窓を開けて押し問答を繰り返していた。

「ダメだよ。まだ雨は止んでないし、君はこれからうちの即戦力になる人なんだから。
夜遅いし心配だから、せめて家まではこれで帰って。」

「でも・・・。山科くんはどうやって帰るの？？」

「僕は、慧の車で帰るよ。
さっき探したら、美桜がパーティの最中で気分悪くなってたみたいで。
そっちの様子も気になるし。僕は大丈夫だから、行って。」

「美桜ちゃんが？？大丈夫なの？」

驚いた私は、険しい顔で聖人を見た。

「大丈夫だよ。優秀な医者が側についてるしね！！」

その言葉に私は妙に納得する。

外科医と言えども医者であり、しかも超優秀な天才医師が夫だった！！

聖人は、声を裏返して乗り出した私の頭をポンポンと撫でた。

「そうだね・・。二条くんがいるから大丈夫だね。
良かった！！あっ、でも、お大事にしてって宜しく伝えてね。」

「伝えるよ。そうだ、契約書のほうも楽しみにしててね。
君に満足してもらう物を作成するよ。」

嬉しそうな笑顔で私を見つめる聖人に再び胸がドキッと高鳴った。

今日の全部が夢だったんじゃないかって余計に不安になる。

「うん。気をつけてね。おやすみなさい。」

聖人からもらった名刺に個人の携帯とアプリのアカウントが手書きで追加されていた。

夢から覚めないうちに帰らなくちゃいけない。

刹那的な幸せは、次の瞬間に消えてなくなってしまうかもしれないから。


「おやすみ。また、僕からすぐに連絡するよ。」