天才策士は一途な愛に跪く。
本社の真っ白い大理石張りのエントランスは冷たい空気を放っていた。
コツーンとヒールの音が響き渡る。
雨の日はいつも濡れた床に足を取られてしまいそうになる。
少しだけ険しくなってしまう顔に気を引き締めていつもの仕事で浮かべる笑顔を作った。
カウンセラーとして働く私の武器。
どんな時でも冷静に。
息を大きく吸って吐き出した。
私は森丘 晶(もりおか あきら)
二条グループのキャリアカウンセラーとして、
週に3回6時間本社でカウンセリングを行うのが私の仕事。
カウンセラーとしてだけではなく、研究者としても雇ってもらっている、
脳科学を大学院で専攻していたのでメディカル部門では研究開発のほうにも他の日は
研究室(ラボ)で実験や、人間の行動科学についてを研究している。
受付にいる華やかな容姿の女性2名の元へと私の足は進路を取って動き出す。
足元がとられぬように一歩一歩踏み出していた。
振り向きざまに遠くに並ぶエレベーターから人影が降り立ったのが見えた。
私の背後には色めきたった声が広がり出していた。
「あっ、ちょっと見てみて!!」
「いらしたわ!!素敵ねー。お二人並ぶとオーラが凄いわね!!」
「二条CEOが顔を出すなんて珍しい!!」
ザワザワと賑やかなエントランスに少しだけ活気のある声と、
気色ばむ声が交じり合って響いてくる。
歓声に似た女性の悲鳴が響く。
私は目の前に見える
受付の令嬢たちの表情まで、明らかにそわそわしていることに驚く。
何だろう・・!?
何処か変だ・・。
いつもと少しだけ違うエントランスの様子に私は受付に向けていた足を止めた。
恐る恐る振り替えると、振り向いた先にあるしなやかな長身の男性と目が合った。
「え!?」
バチッと明らかに交わった視線。
思わず零れた声にわたしは動揺していた。
お互いに動きを止めた。
女性でありながらヒールを履くと、そこらへんの男性を軽く越してしまう長身。
そんな私の頭ひとつ分以上も飛び抜けて見下ろす2つの長身は、私の姿を捉えていた。
一人はこの大会社のCEOである二条 慧。
天才外科医でもあるのに、二条ホールディングスの所有者である。
何の因果か、同郷出身で途中までは同級生でもあった不思議な縁がある彼とは会うと挨拶ぐらいは交わす。
それが明らかになったのは、久々に社のパーティーで再会した「彼女」と昔話に花を咲かせた時のことだった。
以前は違う名字で彼を呼んでいた私は未だに「二条くん」と呼ぶことに戸惑いがある。
だけど・・。
震える指先が体温を失って冷えていく感覚があった。
私を二度見して立ち止まった人は驚いたように瞳を大きく見開いた。
その隣で、少し眉を下げて秀麗な笑みを浮かべた二条慧の横に並ぶ人物から私は視線を反らせずにいた。