天才策士は一途な愛に跪く。
細身のスーツを着こなして、スッと右手を挙げて私に別れを告げた。

車は動きだした後も、彼は私が見えなくなるまで見送っていた。

私は、バックミラーごしに見送る彼の姿を目に焼き付けていた。
魔法が解けないことを心から祈りながら。


ホテルのエントランスは0時も近いのに、まだまだ眠る気配がない。
煌々とした明かりは聖人の色素の薄い茶色の髪を美しく映し出していた。


見えなくなった車を見送った聖人はゆっくりと踵を返した。


雨音が少しだけましになったことを確認して、軽くため息を吐いた。

「おい聖人、お前は神かよ・・。」

大きな太い円柱に凭れた慧は苦くわらったまま声をかける。

グレーのスーツのまま、整った顔立ちは表情を変えずに聖人に鋭い視線を送っていた。

「慧?・・妹の、美桜の体調は大丈夫なの?」

落ち着いた声で、聖人は表情を変えずに慧にほほ笑む。

「大丈夫だ。明日、念のために産科の予約は入れてある。
安定期だけど無理はさせたくないからな。先に帰して家でゆっくり休ませてる。」

「それがいいよ。空調もキツかったから身体も冷えただろうしね。大事にしてやってくれ。」

慧は手にしていた紙を見て笑った。

「人心掌握はお手の物だな。
しかも、一週間前に送られてきたこのタイムスケジュールには天気は雨だとまではっきり書いてるから驚いた。
契約書の準備なんてもう既に用意済みだろう?
ちょっとしたハプニングは起こったが、ほぼ最初から最後までお前の試算通りになったな。」

「まあな・・。
会場選びから、選曲や照明のリクエストまで調整ありがとう。いつもながら助かるよ、感謝してるよ慧。」

2人が並ぶと、通り過ぎる客は驚いたように振り返る。

圧倒的なカリスマ性と、恵まれた容姿の親友の2人は地下の駐車場へと向かって
歩いていた。

地下に停めてある慧の乗ってきたハイヤーに向かう。

駐車場の冷たいコンクリートの壁にコツーンコツンと靴音が響き渡る。




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