天才策士は一途な愛に跪く。
彼女の方へと歩みだしたその時に、後ろから甘く爽やかなムスクの香水の香りが漂った。

ハッと身体がさっきの聖人を脳裏に浮かべた。


香りからすぐ彼を呼び起こさないで欲しかった。

脳内の認知システムにまで物申したくなるような強い印象づけに私はまた胸が高鳴る。

どうしよう・・・。

ものすごーく、意識してしまう・・。

強張った表情のままの私の横をゆっくりと聖人が通り過ぎた。

「・・残念。」

ボソッとだけどハッキリと私の耳に届いたその言葉は私を酷く混乱させた。

「・・えっ?!」

「さっきは邪魔が入っちゃったね。残念。また君とはゆっくり・・。」

一瞬だけ立ち止まって、私にそう告げた。

言った言葉の意味が解らずにわたしは自分の目を大きく見開いた。

「・・・は?えと・・。山科く・・。」

やっと回らない頭が理解したときには聖人は慧と並んで会場へと身軽な足取りで歩を進めていた。

なんて・・・。

えっ、今・・。何て言ったの・・!??

意味は!?

柔らかい微笑みで、誰からも人気だった王子様然の彼の言葉に私は混乱に陥りそうになっていた。

如何なる時も優しく柔和な笑みを浮かべる山科 聖人の姿を思い出した。

だけど違う・・・。

彼は・・・。

何かが胸を掠めた。

痛みのある何かが。

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