天才策士は一途な愛に跪く。

聖人は、傷ついている晶の頬にそっと触れる。

あの頃は、復讐に駆り立てる心が折れてしまいそうで
彼女に、素直に手を伸ばせなかった自分がいた。

葛藤して、何度も伸ばした手を押さえては諦めるように背を向けた・・。

「今は、君にこうして触れることが出来ることを幸せに思うよ。
晶は、一人じゃない。君はもう、何も出来ない子どもじゃないんだ。
どんな事実だって、きっと君なら受け入れられるよ。」

ポロッと零れ落ちた涙を、聖人は優しく拭った。

ゆっくりと晶の頭を撫でて、微笑んだ。

「今は・・色々混乱しているけど。ゆっくりでいいんだ。
大丈夫、晶なら受け止められるよ。
君を大切に思う人は、たくさんいるから。」

優しい聖人の言葉に、私は聖人の胸に飛び込むと子供のように泣きじゃくってしまった。

夕闇から、ネオンの明かりが煌めく夜になっても私を抱きしめて離さなかった。



「森丘様、車が回っているか確認して参りますのでお待ちください。」

再びエントランスに戻ってきた森丘　可憐は、大きなベンチで
待たされていた。

落ち着かない様子で周りを見た。

ふと、さっき見た
傷ついた晶の顔が思い出される。

言うつもりはまだなかった・・。

晶に本当のことを言う勇気と心の準備なんて出来てなかったのに・・。

大きな瞳を開いて、唇は震えていた。

アルバンに似ていた・・・。

香澄の可憐さと、アルバンの瞳を持つ大人の女性になっていた。

息を飲んだ晶の青に茶が混じった不思議な色の瞳は大きく瞬いていた。

「・・・どうして、こんな風になっちゃうのかしらね。」

ボソッと呟いた言葉は、広いエントランスの誰にも届くことはない・・。

・・・はずだった。


「ご自分が狭量な人間だからじゃないんですか？」

驚いて顔を上げると、長い男性の足が視界に入る。

見上げた先に見えた人物の姿に、驚いて息を飲んだ。

「・・あ、あなたは・・？」

微かに見覚えのある顔に、思考を重ねた。

思い当たる人物に、森丘可憐の表情は翳った・・。

「彼女は守られるべき子供だったはずでしょう。
傷ついた彼女を、あんな幼気な彼女を一人ぼっちにするために、
日本（ここ）に彼女を残したんじゃない。」

「え、でも。・・・それは、でも、私達も精いっぱい努力して・・！！」

必死の形相で、彼を見上げた。

「結果はどうですか？晶は傷ついていました。ずっと・・。」

蒼い瞳は美しくも鋭い光を放っていた。

「もうそろそろ、僕に返してもらっていいですか？？」

「・・・返すって！？？何を言ってるんですか？」

震える声で聴き返した声を、冷たく一瞥した
アオイ＝フォン＝マッケンゼンは静かに質問の答えを告げる。

「アキラを・・、正当な後継者であるアキラ＝フォン＝マックスブラントは、
僕たちの元に返してもらいます。」