妖狐に染めし者
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この大きなお屋敷では、私のお見合いの席が用意さ
れていた。私は、5人の女中さんたちに着物の着付
けをされていた。綺麗な花簪をつけると、お化粧を
始める。白粉に紅、女中さんたちは手際よく準備を
していった。
今日は嫁入り前日のお見合いの日。私の嫁ぎ先は、
『黒』という大妖狐のお屋敷。そこの息子は、私の
幼馴染の、黒柚(コクユ)。『黒』の大旦那様は、『紫
』と深い関係であり、父の友人だった。その理由で
私は嫁入りさせられることになった。黒柚とは、た
だの幼馴染であって、私にとっての大事な友達だっ
た。恋愛感情というものは、一切抱いたことはなか
った。
私の支度が終わると、女中さんたちは、
「お席の準備をしてまいります。紫姫(シキ)様は、
ここでお待ちください」
と言って、そそくさと部屋を出て行った。
私は、窓の外を眺めた。外は雨に包まれて、ぼんや
りとした景色が眼に映るだけだった。私は独り言で
願いをかけることしかできなかった。
「黒柚は大事な友達なのに…。いきなり嫁入りだな
んて…」
私は涙目になって、その時、ふと母の言葉を思い出
す。
「紫姫、もし悲しい時があったら、その時は現世に
行きなさい。あそこはとても美しくて、隠り世に
ないものがたくさんあるの。きっとあなたの心の
癒しになりますよ。ただし、それには守らないと
いけないことがあります。もし現世に行く時は、
私の書庫にある青い本を手にとってください。忘
れないでね」
その言葉を思い出し、私はすぐさま書庫に向かった
。女中さんたちに見つからずに、つくことはできた
が、相変わらず母の本好きはすごい。書庫には、1
00万冊もの本がずらりと並んでいた。それに青い
ほんといっても、たくさんありすぎて全て目を通さ
ないといけなかった。
仕方ないかと思い、一歩踏みよると、机の上に風呂
敷に包まれた四角い物を見つけた。
風呂敷をとると、中には、どの本よりも綺麗に保存
されている、青色の和綴じ本があった。
私はすぐにこの本だと思った。
めくってみると、そこには母が私のために作った、
現世に行くための掟のようなものが書かれていた。
特に、1番に目が止まったのは、
『現世では戀をしないこと』
さらに下を見ると、その理由が記されていた。
『現世で戀をしてしまうと、自分にも相手にとって
も悲しい結果となります。相手は隠り世に行って
あなたと添い遂げることができます。ただし、そ
んな事をすれば、相手は現世の人、もう元いた場
所には帰れず、現世の者は、隠り世での生きる寿
命が短く、数日経つだけであの世へ逝ってしまい
ます。』
私はそこまで読むと、急に悲しくなる。何故なら、
私の母も現世の者であって、私が幼い頃に逝ってし
まわれたから。目を下にやると、続きがあった。読
んでみると、
『ただ、あなたがまだ好きでいたいならこうしなさ
い。相手の記憶を、あなたといた時間をなくすの
です。そうすれば、あなたはいつでも想うことが
できます。』
私は少しホッとし、続いて、続きを読んだ。
『もう一つ。あなたが現世で添い遂げる方法もあり
ますが、あなたは妖狐です。狐と人が現世で添い
遂げてしまうと、生まれてくる子は妖狐の血を受
け継ぐでしょう。それではいけません。いつ狐の
姿になるかもわからないのに、現世で生きること
は危険です。そうならないためには、あなたは人
にならなくてはいけません。変幻を使わない、本
当の人に。人になるには、狐の姿になる事を抑え
て、人の姿でいなさい。そして最後の章に書かれ
ている、術を読みなさい。それが一年もつと、術
は約束通りにあなたを本当の人にしてくれます。
ただし、その術が使えるのは、現世に好きな者が
できたとき。そしてその愛する者のあなたといた
時間の記憶を消したとき。その時にしか使えませ
ん。もし一年の間の中、あなたの愛する者が、あ
なたを好いていなかったのなら、その時は狐の姿
になりなさい。それをするだけで、あなたの術は
解けます。』
私はそれを読み終えると、その青い和綴じ本を、誰
にも見つからないように、本棚の左隅の方へ片付け
た。
そして私は、着物姿のまま、誰にも見つからずに、
現世に行った。
この大きなお屋敷では、私のお見合いの席が用意さ
れていた。私は、5人の女中さんたちに着物の着付
けをされていた。綺麗な花簪をつけると、お化粧を
始める。白粉に紅、女中さんたちは手際よく準備を
していった。
今日は嫁入り前日のお見合いの日。私の嫁ぎ先は、
『黒』という大妖狐のお屋敷。そこの息子は、私の
幼馴染の、黒柚(コクユ)。『黒』の大旦那様は、『紫
』と深い関係であり、父の友人だった。その理由で
私は嫁入りさせられることになった。黒柚とは、た
だの幼馴染であって、私にとっての大事な友達だっ
た。恋愛感情というものは、一切抱いたことはなか
った。
私の支度が終わると、女中さんたちは、
「お席の準備をしてまいります。紫姫(シキ)様は、
ここでお待ちください」
と言って、そそくさと部屋を出て行った。
私は、窓の外を眺めた。外は雨に包まれて、ぼんや
りとした景色が眼に映るだけだった。私は独り言で
願いをかけることしかできなかった。
「黒柚は大事な友達なのに…。いきなり嫁入りだな
んて…」
私は涙目になって、その時、ふと母の言葉を思い出
す。
「紫姫、もし悲しい時があったら、その時は現世に
行きなさい。あそこはとても美しくて、隠り世に
ないものがたくさんあるの。きっとあなたの心の
癒しになりますよ。ただし、それには守らないと
いけないことがあります。もし現世に行く時は、
私の書庫にある青い本を手にとってください。忘
れないでね」
その言葉を思い出し、私はすぐさま書庫に向かった
。女中さんたちに見つからずに、つくことはできた
が、相変わらず母の本好きはすごい。書庫には、1
00万冊もの本がずらりと並んでいた。それに青い
ほんといっても、たくさんありすぎて全て目を通さ
ないといけなかった。
仕方ないかと思い、一歩踏みよると、机の上に風呂
敷に包まれた四角い物を見つけた。
風呂敷をとると、中には、どの本よりも綺麗に保存
されている、青色の和綴じ本があった。
私はすぐにこの本だと思った。
めくってみると、そこには母が私のために作った、
現世に行くための掟のようなものが書かれていた。
特に、1番に目が止まったのは、
『現世では戀をしないこと』
さらに下を見ると、その理由が記されていた。
『現世で戀をしてしまうと、自分にも相手にとって
も悲しい結果となります。相手は隠り世に行って
あなたと添い遂げることができます。ただし、そ
んな事をすれば、相手は現世の人、もう元いた場
所には帰れず、現世の者は、隠り世での生きる寿
命が短く、数日経つだけであの世へ逝ってしまい
ます。』
私はそこまで読むと、急に悲しくなる。何故なら、
私の母も現世の者であって、私が幼い頃に逝ってし
まわれたから。目を下にやると、続きがあった。読
んでみると、
『ただ、あなたがまだ好きでいたいならこうしなさ
い。相手の記憶を、あなたといた時間をなくすの
です。そうすれば、あなたはいつでも想うことが
できます。』
私は少しホッとし、続いて、続きを読んだ。
『もう一つ。あなたが現世で添い遂げる方法もあり
ますが、あなたは妖狐です。狐と人が現世で添い
遂げてしまうと、生まれてくる子は妖狐の血を受
け継ぐでしょう。それではいけません。いつ狐の
姿になるかもわからないのに、現世で生きること
は危険です。そうならないためには、あなたは人
にならなくてはいけません。変幻を使わない、本
当の人に。人になるには、狐の姿になる事を抑え
て、人の姿でいなさい。そして最後の章に書かれ
ている、術を読みなさい。それが一年もつと、術
は約束通りにあなたを本当の人にしてくれます。
ただし、その術が使えるのは、現世に好きな者が
できたとき。そしてその愛する者のあなたといた
時間の記憶を消したとき。その時にしか使えませ
ん。もし一年の間の中、あなたの愛する者が、あ
なたを好いていなかったのなら、その時は狐の姿
になりなさい。それをするだけで、あなたの術は
解けます。』
私はそれを読み終えると、その青い和綴じ本を、誰
にも見つからないように、本棚の左隅の方へ片付け
た。
そして私は、着物姿のまま、誰にも見つからずに、
現世に行った。