妖狐に染めし者
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さっきまでの痛みが和らぎ、優しい感触が足を癒し

てくれた。僕が歩いてきた道は、血で少し汚れてい

て、それを見るたびに、自分が醜くなっていること

に恐怖した。幸い雨で、歩いてきた道にある血は、

消えていった。

そのあと、大きな木の前に座り、雨宿りをする。体

は全身ずぶ濡れ。これからどうしていこうかと思っ

た瞬間。

ふわり。

雨に包まれていた景色が、みるみるうちに消えて、

快晴となった。

そして、目の前には、あるはずもない美しい桜吹雪

が舞っていた。

その中には、狐の耳と尻尾のようなものをつけた、

女の人がいた。その姿はとても美しく、いつもでも

見とれてしまうほどの輝きがあった。

「お、お姉さんは誰?」

思わず僕はそういってしまった。だけど、その女の

人は、優しい顔で微笑んで、

「紫姫です」

と丁寧に答えてくれた。そして、

「あなたのお名前を伺ってもよろしいですか?」

と言い、僕はふと、いつのまにか答えていた。

「時雨(シグレ)。葵 時雨」

「時雨さんですね。お隣いいですか?」

僕は大きく2回、うんうんと頷く。

すると、紫姫さんは気づいたのか、僕の足を、悲し

そうな目で見ていた。

「足…。どうかなさったのですか?」

僕は誤魔化しながら話した。

「あぁ…うん…。ちょっと、靴を履き忘れて…」

僕はそう言いながら、紫姫さんの顔を伺うと、何故

か紫姫さんは涙を流していた。僕はその時、本当に

綺麗な人だなと改めて思ってしまった。

「ど、どうしたの?なんで泣いて…」

紫姫さんは、涙を拭いながら、

「あなたの悲しみと痛みが、心が、私に『助けて』

と嘆いていて…。それが、すごく悲しくて…」

と言った。僕はその時、

「あぁ、この人は僕の事をわかってるんだ」

「僕の思いを受け止めてくれるんだ」

そう思った。

僕はいつのまにか涙を流していて、そして、初めて

『優しさ』というものを実感した。

「あったかい…」

紫姫さんは、僕を優しく抱きしめてくれた。

「私も、嫌な事があったんです。だけど、あなたに

逢えて、私だけが嫌な思いを持っているわけでは

ないと、わかりました。…私、前向きに生きよう

とするあなたの背中を見ていたいです」

僕は、ハッとして紫姫さんの顔を見た。

「紫姫さん、帰るの?」

紫姫さんは、驚いたような顔して、そのあと、ふっ

と微笑んだ顔に戻った。

「はい…。だって、私は御狐様ですもの。嫁入りの

準備の途中で抜け出してしまったので」

と紫姫さんは、優しい顔で答えた。だけど、そこに

は、悲しそうな面影もあったような気がした。

「御狐様って、大変なんだね…。まだ、一緒にいた

かったなぁ…」

僕は、紫姫さんを困らせるとわかっていても、そう

口に出していた。

だけど、紫姫さんは困った顔をせず、嬉しそうな顔

をしていた。

「また逢えますよ」

僕はそう聞いて、いつ逢えるのかを聞こうとしたと

き、急に人差し指で僕の唇に優しく触れてきた。

そして、紫姫さんは、僕の唇を抑えながら、

「私といた記憶を消します。そうすれば、また逢え

ます」

と言った。僕は、

「なんで…!思い出を消したら、逢ったとき、僕は

紫姫さんのこと覚えてないよ…!」

そう強く言ってしまった。

紫姫さんは、僕を、心の中にいる僕を助けてくれた

のに…。思い出を消すなんて…。

「私は、向こうに帰ったら、術をかけなければなり

ません。だって、あなたに逢って、大きくなった

背中を見てみたいと、初めてそう思ったから…」

紫姫さんは、嬉しそうな顔をした。

僕はその時、紫姫さんの初めてを叶えてあげたいと

思った。だって紫姫さんは、僕の初めての『優しさ

』をくれたから。

僕は頷き、

「うん…」

と言った。紫姫さんは、僕の手をそっととって、

「またいつかあなたに逢いに行きます。それまで私

を、心の何処かで待っていてください」

と、優しく微笑んで言った。

僕も笑って言葉を返す。

「思い出が消えても、僕は強くなるよ…!ずっと待

ってる。そのいつかがくるまで」

本当は泣きたい。だけど、こんなにも短い間、ただ

隣にいただけなのに、いつのまにかこの人を、

『好き』

になっていた。

そして、紫姫さんは、僕の額にそっと触れ、術をか

けた。僕は何故か、眠たくなってしまって、目を閉

じてしまった。

目を開けると、僕は何故か大きな木の下で、いつの

まにか寝ていた。下を見やると、僕の足には包帯が

巻かれていた。

「なんで僕、こんなところで寝てたんだろう…」

そう思うと、向こうから僕の名前を呼ぶ声が聞こえ

た。そして、

「時雨!ごめんね…!ごめんね…!無事で、良かっ

た…!」

と母さんが僕を抱きしめる。初めて僕のために泣い

てくれた母さんの顔を見た。初めて、僕の名前を呼

んでくれた。

僕は思い切り泣いた。

「母さん…!母さん…!…うわぁ…!」

母さんの優しさがあったかくて、いつまでもこうし

ていたいと思った。

すると、向こうの物陰から、狐の尻尾のようなもの

が見えた。僕はすぐに向こうに行き、周りを見渡し

た。そこには誰もいなくて、一歩進むと、足に違和

感を感じた。下を見ると、そこには紫陽花の花簪が

あった。

僕は、それをいつのまにか手にとっていた。そして

母さんと2人で、家に帰った。
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