想うだけの…
女性は恭平にカメラを返し、智子に軽く会釈をしたあと、自分の家族と一緒に幼稚園へと歩き出した。

恭平はカメラを持ったまま気の抜けたような顔をしながらも、その目はしっかりと彼女を追っていた。

そんな恭平に苛立った智子が冷たい口調で言った。

「ねえ、もう行かなきゃだよ。ルナと手を繋ぐか、ユナの抱っこ代わってくれない?」

恭平はハッとして、

「ごめん。ユナ抱っこするよ」

智子は不機嫌な表情で、幼稚園へ向かって歩き出した。

数十メートル先を、さきほどの彼女とその家族が歩いている。

追いつけば、挨拶ぐらいはしなければならないし、最悪幼稚園まで一緒に行くことになり兼ねない。

そう思った智子は、いつもより随分ゆっくりと歩いた。

「大丈夫?靴擦れした?歩きづらそうだけど」

恭平は、不機嫌な表情でゆっくりと歩く智子の顔を覗き込むように話しかけた。

「靴擦れはしてないんだけど、ヒール履くの久しぶりだから。」

智子は素っ気なく答えた。

「そっか。じゃあゆっくり歩けば大丈夫だね」

恭平に優しい笑顔で微笑みかけられた智子は、些細な事で苛立っている自分を少し恥ずかしく思った。

智子は恭平の右腕にギュッとしがみつき、上目遣いで囁いた。

「パパ大好き。ちゅーしたい」

「ママ、今“ちゅー”って言った?」

ルナが足を止めて聞いた。

「えー?言ってないよ」

智子は恭平と目配せしながら笑った。

智子の機嫌はすっかり直っていた。
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