God bless you!~第9話「その付属と、なんちゃって」・・・合同スポーツ大会
〝富士山〟
男子が5人。
ポケットに手を突っ込み、口先で笑って、俺の周りを取り囲んだ。
嫌な予感しかしない。
扉を2メートル先に見定め、荷物を抱えて、間を振り切って逃げようと考えていたら、一人が俺の体を突き飛ばす。
転ぶほど強くはなかった。だが、壁に突き当たって逃げ場を失う。
5人は、ますます迫って来た。
「んだよッ。男かよ。クソつまんねー」
「そういや、こないだは親切に図書室を教えてくれて、どーも」
そうだった。
確かに、おまえに教えてやった。親切に!
「いつもこんな事やってんのか」
「まぁね。せっかくだから、ちょっと遊んでく?」
「俺、そんなヒマ無い。帰る!」
間をすり抜けると、別の1人が遮った。
「45が帰るってさ」「お土産タイム」「片桐!書記の出番だ!」
さっきの片桐がまた現れた。
赤野が肩で弾いて、片桐を輪の真ん中に押し出す。
やがて、
「おまえさ、早速だけど。脱げよ」
「は?なんだそれ」
「オ・モ・テ・ナ・シ」
「ふざけんな」
ハイ……と誰かが返事をした。どこからか、かすかに衣擦れの音。
見ると、片桐が学制服に手を掛けて、そのボタンを淡々と外している。
「やめろよ!」
慌てて片桐の手を弾いた。
片桐は虚ろな目で俺を見て、それでも止めることなく、シャツのボタンを外し続ける。周りは、くくく、と笑った。
「おまえら、おかしいんじゃないか」
「いいんだよ。こいつ女役慣れてっから」
「よく見ると可愛いだろ?コロコロしてさ」
「結構いい胸してるゼ」
1人が露わになった片桐の上半身、その胸を揉んでいる。
片桐も片桐で、されるがままだ。
男ばかりの環境に毒されて、頭が溶けてるとしか思えない。
そいつは片手で片桐の胸を揉み、片手は棚から取り出した雑誌をめくる。
その目はグラビアに釘付けだ。
「やっぱ、武田玲奈のスク水が1番エグいぜぇ」とか言いながら、気持ちよさそうに……てゆうか、見ているこっちはもう気持ち悪くてしょうがない。
俺は片桐を男子から引き剥がした。
片桐はぼんやりと、その場に留まったまま。
「何やってんだよ。逃げろよ。おまえ言いなりか!」
今度はまた別の男子が、片桐に群がった。
背後に回り、「うおぉー、ヤベぇ。降りてくるぅ」と両手で揉みしだく。
眩暈がした。
「あーごめん。沢村くんもヤる?」
「やるかッ!?」
「すげー!バチボコやる気だぞ、双浜!」
その中で1番背の高い男子に、俺は強引に手首を取られた。
そのまま何が何でも、片桐の身体に持ってかれようとする。
「そういう意味じゃねーよ!止めろって!」
もう必死で、必死で抵抗した。
そこで足元をすくわれて、俺はその場に倒されてしまう。
シャレにならない。
ハイハイハイ!!と誰かが手を叩き始めると、周りもそれに合わせて、一緒になって陽気に手を叩く。倒れた俺に向かって、片桐が覆いかぶさった。
……言いたくない。
言いたくないが、だったら、まだ胸の方がマシだった!
咄嗟に顔をそらしたお陰で、わずかに唇を外れたとはいえ……屈辱だ。
重なった片桐の露わな上半身が妙に柔らかい。
何でそこまで肌がキレイなのか。こいつは本当に男子なのか。
いつかの永田とは全然違う感覚に、ただただ驚いた。
この匂いは何だろう。悪くないから困る。
妙な気分に引きずられないよう、自分を立て直す事に俺は必死だった。
ぐったりの俺を見て、それを決着と見なしたのか、「45が逝ったぞ」「悶絶落ちぃ~」と笑って、5人はドアの向こうに出て行く。
ドアが閉まる。
続いて、ガチャンと鍵のかかる音がした。
「……ウソだろ」
焦った。
片桐を凪払ってドアに飛びつく。
ノブは押しても引いても動かない。頑丈なドアだ。右川でも無理だろう。
一瞬忘れたとはいえ、恐る恐る後ろの片桐を振り返った。
妙な恐れが無かったといえば嘘になるが、この非常事態、帰れなくなる事に怯える気持ちの方が強い。
見ると、ぼんやりと、淡々と……片桐はシャツのボタンを留めている。
唖然とする俺を見て、片桐は学制服の袖を通しながら、「無理。出れねーよ」と乱暴に吐き捨てた。さっきと態度が随分違う。こいつもグルなのか。
「出れないって……どうすんだよ!」
「10時にオッサンが見回りに来っから。そしたら帰れんだろ」
「10時って……それまでどうすんだよ!」
「打ち合わせやろっか」
「は?」
「そしたら言い訳がたつじゃん」
「何言ってんの。いいから、誰か呼べよ!」
片桐はフンと鼻で笑う。
「テメーのせいだろ。助けてやろうと思って教えてやったのにさ」
全く、忌々しいったらない。
俺はとりあえず、そこら辺の椅子に腰かけて……どうすれば。
部屋には窓が無い。警察。救急車。大声で助けを呼ぶという程の、大したケガはしていない。それなのにダメージはでかい。
その時、「ねぇ」と何故か甘える声で、片桐が俺を呼んだ。
「あ?」
機嫌取りか。もう見るのも嫌だ。
「見てくれよ。フジサン」
は?
俺は沢村だけど。
何言ってんだ、どアホ。
だが、そうではなかった。
俺は息を呑む。
片桐が誇らしく見せつけるそれは、ズボンの下ではありながら……確かに〝富士山〟だった。
俺は、今日3度目の2度見をする。
一体、コイツはどこの何に興奮して、アソコが富士山なんだよっ!?
俺は頭を抱えた。
こんなのと争うのか。女子より、男子の方が身の危険を感じる。
俺は、スマホを取り出した。
桂木からメールが何件も入って。言えるわけない。
右川か。
いいのか。
右川を頼るなんて。いや……いつだったか、どうして一言相談しないのかと、右川に詰め寄った事があった。俺は議長だし。一大事だし。会長に相談していい筈だと。そうでないといけないんだと。意を決して、メール送信。
壁にもたれて、ぐったりしている間にも、「ねぇ」「ねぇ」「ねぇ」と、定期的に片桐から声が掛かる。もう嫌だ。今振り向いたら、俺が壊れる。泣いてしまうかもしれない。
この世には……ヤンキーのカツアゲより、先輩にボコられるより、怖い事がある。それを初めて知った。
俺は体育座りで、まるでその身を守るみたいに、腕を足を、硬く閉じる。
寝たふりを決め込む。
寒さも感じなかった。
ただただ、怖い。
どれぐらい時間がたっただろう。
片桐は眠っていた。それを見届けて(やっと安心して)俺も、ウトウトしかけたその時、遠くで誰かの声がする。程なくして鍵音、ドアが開いた。
まず、入ってきたのは打越会長だ。
突然、片桐が飛び起きる。
「打越さぁぁぁん!怖かったです!」と打越会長に抱きついた。
一拍置いて、打越会長の視線が俺に突き刺さる。
「違う!俺は何もしてません」
説明のつく言い訳が浮かばない。
片桐はさっきの余波で服装が乱れて、だらしなくて。
何を言っても、この状況で誰が信じてくれるのか。
「今日は、もう帰ってください。片桐も」
「わかりました」と、片桐が頷く。
「何だよそれ、わかんねーよ!」
打越会長は終始無言で、俺と片桐の間に壁を作った。
やけに落ち着いてるけど、まさかこいつもグルなのか。
俺は静かに荷物を拾った。
ここで何を言ってもムダな気がして、外へ出て……もうすっかり暗い。
外の薄ら寒さに、ぶるっと震える。
校門の先、車のライトがやけに眩しい。
誰かが、「おーい♪」と陽気に手を振った。
暗闇と車のライトの逆光が、その小さな体の輪郭だけを照らして。
……右川か。
駆け寄ると、その姿がはっきりと分かる。1台のタクシーが居た。
右川は俺を手招きすると、「こっち」と乗りこむように促す。
こんな時間まで残っていた付属の生徒が、何事かと集まってきた。
その中に打越会長、片桐、赤野も居る。他のヤツらも。
仲間同士で意味深な合図を送り合うと、軽薄な笑みを浮かべていた。
あいつら、絶対に許さない。
ていうか今は……早くここを出たい。
事情を知らない生徒の視線が、まるで俺だけを責めているように思える。
右川は、ほとんど何も言わなかった。
打越会長から何をどう聞いたか知らないが、メールを読んでくれたなら、そこからタダ事でない事情を感じ取ってくれたと……それだけは信じたい。
隣の右川は、もじゃもじゃ頭を無造作に掻いて、大欠伸をかました。
車を出す時、タクシーの窓を開けて、
「じゃ、帰るね♪」
脳天気に手を振った。
ポケットに手を突っ込み、口先で笑って、俺の周りを取り囲んだ。
嫌な予感しかしない。
扉を2メートル先に見定め、荷物を抱えて、間を振り切って逃げようと考えていたら、一人が俺の体を突き飛ばす。
転ぶほど強くはなかった。だが、壁に突き当たって逃げ場を失う。
5人は、ますます迫って来た。
「んだよッ。男かよ。クソつまんねー」
「そういや、こないだは親切に図書室を教えてくれて、どーも」
そうだった。
確かに、おまえに教えてやった。親切に!
「いつもこんな事やってんのか」
「まぁね。せっかくだから、ちょっと遊んでく?」
「俺、そんなヒマ無い。帰る!」
間をすり抜けると、別の1人が遮った。
「45が帰るってさ」「お土産タイム」「片桐!書記の出番だ!」
さっきの片桐がまた現れた。
赤野が肩で弾いて、片桐を輪の真ん中に押し出す。
やがて、
「おまえさ、早速だけど。脱げよ」
「は?なんだそれ」
「オ・モ・テ・ナ・シ」
「ふざけんな」
ハイ……と誰かが返事をした。どこからか、かすかに衣擦れの音。
見ると、片桐が学制服に手を掛けて、そのボタンを淡々と外している。
「やめろよ!」
慌てて片桐の手を弾いた。
片桐は虚ろな目で俺を見て、それでも止めることなく、シャツのボタンを外し続ける。周りは、くくく、と笑った。
「おまえら、おかしいんじゃないか」
「いいんだよ。こいつ女役慣れてっから」
「よく見ると可愛いだろ?コロコロしてさ」
「結構いい胸してるゼ」
1人が露わになった片桐の上半身、その胸を揉んでいる。
片桐も片桐で、されるがままだ。
男ばかりの環境に毒されて、頭が溶けてるとしか思えない。
そいつは片手で片桐の胸を揉み、片手は棚から取り出した雑誌をめくる。
その目はグラビアに釘付けだ。
「やっぱ、武田玲奈のスク水が1番エグいぜぇ」とか言いながら、気持ちよさそうに……てゆうか、見ているこっちはもう気持ち悪くてしょうがない。
俺は片桐を男子から引き剥がした。
片桐はぼんやりと、その場に留まったまま。
「何やってんだよ。逃げろよ。おまえ言いなりか!」
今度はまた別の男子が、片桐に群がった。
背後に回り、「うおぉー、ヤベぇ。降りてくるぅ」と両手で揉みしだく。
眩暈がした。
「あーごめん。沢村くんもヤる?」
「やるかッ!?」
「すげー!バチボコやる気だぞ、双浜!」
その中で1番背の高い男子に、俺は強引に手首を取られた。
そのまま何が何でも、片桐の身体に持ってかれようとする。
「そういう意味じゃねーよ!止めろって!」
もう必死で、必死で抵抗した。
そこで足元をすくわれて、俺はその場に倒されてしまう。
シャレにならない。
ハイハイハイ!!と誰かが手を叩き始めると、周りもそれに合わせて、一緒になって陽気に手を叩く。倒れた俺に向かって、片桐が覆いかぶさった。
……言いたくない。
言いたくないが、だったら、まだ胸の方がマシだった!
咄嗟に顔をそらしたお陰で、わずかに唇を外れたとはいえ……屈辱だ。
重なった片桐の露わな上半身が妙に柔らかい。
何でそこまで肌がキレイなのか。こいつは本当に男子なのか。
いつかの永田とは全然違う感覚に、ただただ驚いた。
この匂いは何だろう。悪くないから困る。
妙な気分に引きずられないよう、自分を立て直す事に俺は必死だった。
ぐったりの俺を見て、それを決着と見なしたのか、「45が逝ったぞ」「悶絶落ちぃ~」と笑って、5人はドアの向こうに出て行く。
ドアが閉まる。
続いて、ガチャンと鍵のかかる音がした。
「……ウソだろ」
焦った。
片桐を凪払ってドアに飛びつく。
ノブは押しても引いても動かない。頑丈なドアだ。右川でも無理だろう。
一瞬忘れたとはいえ、恐る恐る後ろの片桐を振り返った。
妙な恐れが無かったといえば嘘になるが、この非常事態、帰れなくなる事に怯える気持ちの方が強い。
見ると、ぼんやりと、淡々と……片桐はシャツのボタンを留めている。
唖然とする俺を見て、片桐は学制服の袖を通しながら、「無理。出れねーよ」と乱暴に吐き捨てた。さっきと態度が随分違う。こいつもグルなのか。
「出れないって……どうすんだよ!」
「10時にオッサンが見回りに来っから。そしたら帰れんだろ」
「10時って……それまでどうすんだよ!」
「打ち合わせやろっか」
「は?」
「そしたら言い訳がたつじゃん」
「何言ってんの。いいから、誰か呼べよ!」
片桐はフンと鼻で笑う。
「テメーのせいだろ。助けてやろうと思って教えてやったのにさ」
全く、忌々しいったらない。
俺はとりあえず、そこら辺の椅子に腰かけて……どうすれば。
部屋には窓が無い。警察。救急車。大声で助けを呼ぶという程の、大したケガはしていない。それなのにダメージはでかい。
その時、「ねぇ」と何故か甘える声で、片桐が俺を呼んだ。
「あ?」
機嫌取りか。もう見るのも嫌だ。
「見てくれよ。フジサン」
は?
俺は沢村だけど。
何言ってんだ、どアホ。
だが、そうではなかった。
俺は息を呑む。
片桐が誇らしく見せつけるそれは、ズボンの下ではありながら……確かに〝富士山〟だった。
俺は、今日3度目の2度見をする。
一体、コイツはどこの何に興奮して、アソコが富士山なんだよっ!?
俺は頭を抱えた。
こんなのと争うのか。女子より、男子の方が身の危険を感じる。
俺は、スマホを取り出した。
桂木からメールが何件も入って。言えるわけない。
右川か。
いいのか。
右川を頼るなんて。いや……いつだったか、どうして一言相談しないのかと、右川に詰め寄った事があった。俺は議長だし。一大事だし。会長に相談していい筈だと。そうでないといけないんだと。意を決して、メール送信。
壁にもたれて、ぐったりしている間にも、「ねぇ」「ねぇ」「ねぇ」と、定期的に片桐から声が掛かる。もう嫌だ。今振り向いたら、俺が壊れる。泣いてしまうかもしれない。
この世には……ヤンキーのカツアゲより、先輩にボコられるより、怖い事がある。それを初めて知った。
俺は体育座りで、まるでその身を守るみたいに、腕を足を、硬く閉じる。
寝たふりを決め込む。
寒さも感じなかった。
ただただ、怖い。
どれぐらい時間がたっただろう。
片桐は眠っていた。それを見届けて(やっと安心して)俺も、ウトウトしかけたその時、遠くで誰かの声がする。程なくして鍵音、ドアが開いた。
まず、入ってきたのは打越会長だ。
突然、片桐が飛び起きる。
「打越さぁぁぁん!怖かったです!」と打越会長に抱きついた。
一拍置いて、打越会長の視線が俺に突き刺さる。
「違う!俺は何もしてません」
説明のつく言い訳が浮かばない。
片桐はさっきの余波で服装が乱れて、だらしなくて。
何を言っても、この状況で誰が信じてくれるのか。
「今日は、もう帰ってください。片桐も」
「わかりました」と、片桐が頷く。
「何だよそれ、わかんねーよ!」
打越会長は終始無言で、俺と片桐の間に壁を作った。
やけに落ち着いてるけど、まさかこいつもグルなのか。
俺は静かに荷物を拾った。
ここで何を言ってもムダな気がして、外へ出て……もうすっかり暗い。
外の薄ら寒さに、ぶるっと震える。
校門の先、車のライトがやけに眩しい。
誰かが、「おーい♪」と陽気に手を振った。
暗闇と車のライトの逆光が、その小さな体の輪郭だけを照らして。
……右川か。
駆け寄ると、その姿がはっきりと分かる。1台のタクシーが居た。
右川は俺を手招きすると、「こっち」と乗りこむように促す。
こんな時間まで残っていた付属の生徒が、何事かと集まってきた。
その中に打越会長、片桐、赤野も居る。他のヤツらも。
仲間同士で意味深な合図を送り合うと、軽薄な笑みを浮かべていた。
あいつら、絶対に許さない。
ていうか今は……早くここを出たい。
事情を知らない生徒の視線が、まるで俺だけを責めているように思える。
右川は、ほとんど何も言わなかった。
打越会長から何をどう聞いたか知らないが、メールを読んでくれたなら、そこからタダ事でない事情を感じ取ってくれたと……それだけは信じたい。
隣の右川は、もじゃもじゃ頭を無造作に掻いて、大欠伸をかました。
車を出す時、タクシーの窓を開けて、
「じゃ、帰るね♪」
脳天気に手を振った。