God bless you!~第9話「その付属と、なんちゃって」・・・合同スポーツ大会
見た事は忘れろ
3キロ地点。
「お先に」と桂木ペアは、すり抜けていった。
阿木は、どうぞ、という手つきで俺達を見送る。
右川は、一緒にスタートした筈だが、一向に姿を現さない。
いや、ひょっとしたら、もう先に行ってしまったのかもしれない。
それほど、参加者が入り乱れた。
付属男子は宛がわれた双浜女子を中心に、大体がダンゴ状に固まる。女子のスローペースに男子が合わせる形で進んでいるため、遅れに後れを取っていた。
〝10キロは無理〟
それを言うのは松倉だけではない。
最初、生徒会有志を除いて女子の参加者はたったの25人。
それも陸上経験者ばかり。そこを桂木と阿木が説きふせて、「途中でリタイアしてもいいよ」「参加しただけでも賞品がでるよ」と躊躇する一般女子を引っ張り込んだ。その女子が、刺客としていい仕事をしてくれるという手筈だ。
作戦の第1段階。
恐らく、双浜高で期待1番の刺客。
浅枝が、「あっ……」と突然おなかを押えてうずくまった。
その途端、最大級のダンゴ軍団が立ち止まる。
「どした?」「大丈夫?」「平気?」と先を争って浅枝に手を差し伸べる。
「……どうしよう。ちょっと休もうかな」
付属男子は先を争って、浅枝の付き添いに立候補した。
その結果、かなりのダンゴ軍団が遅れを取る。
学校案内の仕事は思った以上の成果を上げたか。浅枝、グッジョブ。
「あのオンナ、生理か」
赤野が下品な笑い声を上げた。えげつない事この上ない。共学でそれを、そんな大きな声で言ったり笑ったりしたら、間違いなくドン引きだ。
ここにきて、かなりの付属生徒が、レースアウトの様相を見せる。
豪華賞品が、グッと射程距離内に近づいてきたように思う。
面白いぞ。久しぶりに愉快だ。
さぁ、作戦続行♪
さて、何だっけ?
そうだ、俺は世間話だったな。
「松倉さんて、彼氏とかいるの」
途端に、松倉の体がビクンと跳ねた。
「い、いきなりなんですか!?」
「……そんな驚かなくても」
居ないなら、居ないでいいけど。
赤野が横に並んで、「こいつも生理かよ。さっきから様子おかしいぜ」
松倉がビクッと肩を震わせる。
「あ、飲む?」
飲みかけでよかったら?と、俺のアクエリアスを松倉に渡した。
松倉は、「あ、はい」と快く受け取ったものの、それをジッと掴んだまま、ひと口も運ばない。
いくら親しく口を聞いたとは言え、いきなりこういう距離の縮め方はマズかったかな?と思ったら次の瞬間、まるで毒見でもするように(?)覚悟を決めた勢いで、松倉はイッキ飲みした。男もホレる。
「イチャイチャしてんじゃねーよ!」
赤野の咆哮を気持ちよく無視して、「それ、あそこに捨てようか」と俺は、道路沿いに立つ休憩ポイントを指した。
あからさまな無視に、赤野は悔しさを隠しきれない。地団駄を踏んだ。
ヤバい。ウケる。
もう堪らない。これは面白くなってきた。
無視は絶大な効果があると知った。嫌味を言い合って体力を使うより効く。
まともに取り合う事自体に意味が無い。
今度、永田あたりに使ってみようかと思う所まで、盛り上がった。
松倉は、空のペットボトルを掴んだまま、何故かゴミ箱に走らない。
「どうしたの?」と窺うと、
「あの……もしかしたら、右川さんから聞いてますか」と小声で囁く。
「何を」
「実は私、沢村先輩の事が、ずっと好きで……てゆうか憧れというか」
あんまり急に来て、声も出ない。
「このペットボトル。私が貰っていいですか」
そんなんでいいの?
「ゴミだよ、それ」
「何いきなりコクってんだよ!まじめに走れよ!」
赤野の声が震える。
相手にされない事に音を上げたか。無論、緩めるつもりは無い。
「それは捨てちゃってさ。何か、他の物で」
それを言うと、松倉はパァッと顔を綻ばせて、「だったら写真とか、いいですか?」と、さっそくポケットからスマホを取り出した。
……ここで?
こういう時、思うのだ。時に女子は、急に暴走モードに突入する。
俺の周りの付属男子が、「何だよ、この野郎」「いい気になりやがって」「真面目にやれよ」と粟立ち始めた。
ヒヤリとした。
またいつかの色々を繰り返すかもしれない。身の危険を感じる。
「そ、それなら次の休憩で」と小声で、とりあえず今は松倉を抑えた。
「右川先輩が繋いでくれたんですけど。お姉ちゃんから聞いたとかで。もお!ほんと嫌だお姉ちゃん」と、妹は憤懣やる方無い様子。
そうだったのか。
「ごめん。俺って、お姉さんと普段あんまり絡まないから」
「関わらなくていいです。お姉ちゃんデブだしオタクだし。恥ずかしい」
デブでヲタク。
こういう時、思うのだ。
女子と言うのは一見おとなしそうに見えて、身内にはキツい。
赤野が、ムキになって俺達を追い抜いた。立て続けに無視されたイライラを隠しきれないのか、ふん!と唸って、今も少し先を行く。
実際、赤野の存在をすっかり忘れて(笑う事も忘れて)普通に世間話に没頭してしまった。
いつの間にか、少し前に、桂木が居る。
ちょっと振り返ると笑った。
さっきからのやり取りが聞こえていたのか。
それであの反応は……不思議だな。
赤野を無視して、まだまだ世間話は続く。
家族構成、血液型、誕生日、星座、受験、部活、などなど受験の個人面談さながらに、俺は松倉から一通りの質問攻めに合った。
5月が俺の誕生日だった事を知ると、松倉は、
「自分も、先輩に何か考えていいですか?もう遅いですか」
遠慮がち。ハッ!として「彼女さんがいるのにすみません!」と謝る。
そこへ桂木がスピードダウン、瞬く間に俺達の隣に並んだ。
「何でも、あげていいよ。ね?」
やっぱり聞こえている。桂木の反応にも軽く驚いて、「うん。何でも……ありがとう」と、まだ貰ってもいないのに、俺は松倉に気の早いお礼を返した。
「あ!言ってましたっけ?私、親戚に芸能人がいるんですよ」
「え?誰?」と、真っ先に突っ込んだのは……赤野だった。
ずっと盗み聞きしていた嫌らしさと、うっかり突っ込んだ恥ずかしさで、すぐに顔をそらしたものの、話の先に興味深々、背中で窺っている。
「ちょっと遠いんですけど、かすみちゃんです」
ん?
やけに耳障りな響きが。
「有村架純ちゃん、です」
「あ……かすみちゃん、ね」
次の瞬間、
「「「「「うそ、いいじゃん!!!」」」」」
次々と、そこら中の付属男子が食い付いた。
アッという間に、松倉を囲んで並ぶ。
「どんな子?」「普通もあんな感じなの?」「彼氏とか居た?」「家ってどこあたり?」「ねーねー、ラインとか、やってる?」
俺を跳ね飛ばして、松倉を質問攻め。マラソンどころじゃなくなった。
赤野が名誉挽回に、「てめぇら!やる気あんのか!」と付属団を叱咤する。
……タイミングが悪い。
ちょうど4キロ地点の休憩場所が巡ってきて、付属は芸能人どころじゃなく(赤野どころでもなく)、双浜の世話係女子に釘付けになった。
世話係は、思い思いの愛嬌を振りまいて、付属男子の接待に飛び込む。
仲間に無視されて、赤野は、ただただ呆気に取られている。
俺はもう可笑しくて仕方ない。「ちょっと、ごめん」と松倉の陰に隠れて、ゲラゲラ笑った。我慢できない。何度も咳込んで、ゲロ出そう。
そろそろ折り返し地点に向かおうとした時、女子が声を掛けてきた。
いつかツタヤの割引券をやった後輩である。
「お疲れさん」と労うと、「いえいえ」と、はにかんだ。
「ていうか、私、間違っちゃうみたいです」
何が?と聞き返すと、
「飲み物やタオル、付属男子には手渡しでしたよね?確か、双浜男子は自分で取らせるから無視しろって言われてましたけど」
そう。
これも右川の作戦だった。付属男子を好い気分にさせると同時に、少しでも時間を取らせて、遅らせる事が狙いである。
「付属と思ったら、双浜の子で……かなり渡しちゃいました。さーせん」
気にしなくていいと言った。
選手がゾロゾロやって来たら、流れ作業で、つい間違って渡してしまう事もあるだろう。
「沢村先輩には、手渡しでいいですよね?」と、新しいアクエリアスとタオルを寄越した。
当然だ。
「あの、何なんですか?こういうの」
「さぁ」
白々しく聞こえないように、そこは気を使う。ここは笑ってはいけない。
「さっき右川会長にも会いました。見た事は忘れろって言われて、もう何がなんだか分かんないです」
「いいんだよ。そんな深く考えなくても」
俺はそこで、1度思考を止めた。
また、耳障りな雑音が頭を回る。
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