お嬢さん、愛してますよ。

そこまで広くないが、カウンター席と丸テーブルの席が二つ。温かみのある照明により、雰囲気はいたって穏やかである。

しかし、問題が一つ。

「こんばんは。今日は彼女さんと?」

バーテンダーは穏やかな笑みを浮かべながら言った。

「い、いえ!友達です!」

充はあまりのイケメンさに返答する声が上ずっている。
対する私は、眉を寄せるだけ。

「どうぞカウンターへ、お二人さん」

二人ともに椅子に座ると、バーテンダーと目があった。大きな瞳がこちらをじっと見つめる。じとりと見る私に、彼はにっこりと笑いかけた。

「きゃー、かっこいい!」

充がたまらず声を上げ、すぐにはっとして、ごめんなさいと謝る。

「あはは、ありがとうございます。あなたもお綺麗ですよ」
「そ、そんなこと…!」

顔を真っ赤にさせる。
充、乙女モード全開。

「何をお飲みになりますか?」
「え、えっと、ジンのロックで」

まだじっと見つめていると、少し目を細めた彼が、こちらにも聞く。

「お嬢さんは、ソフトドリンクで?」

む。
この人、完全にからかってる。
私はきっぱりと答える。

「いいえ、充と同じで結構です」
「かしこまりました」

バーテンダーが背を向けて準備を始めると、充は耳元で興奮した面持ちで話し始めた。

「みっちゃん、どうしよう、本当に惚れちゃう!」
「充、本当にあの人いいの?弄ばれるだけだよ」

手際よく準備をする彼をちらりと見て、私は信用ならないと首を振った。

「でもみっちゃんだって彼のこと見つめてたじゃない?」

そう言われて、ぎくりとする。

「そういうわけじゃないよ。ただ…」
「ただ?」
「……別に。どっかで見たことある顔だなーくらいだよ」
「もうー、素直じゃないんだから」
「素直もなにも、思ったこと言っただけですーー」

このお調子者、なによ、いいじゃない、と軽口を叩いていれば、バーテンダーがくるりとこちらを向く。
すっと、音を立てずにグラスが二つ置かれた。

「お待たせいたしました。ジンのロックです」
「ありがとうございます」

一口飲めば、広がる味わい。悪くはないのだが。

「なんですか」
「いえ、なんでもありません」
「信じられませんか」
「なんのことでしょう?」

こちらを面白そうに見てくるので、私はふいと顔を背けた。
すると充が頬を膨らませていーなーと言ってくる。

「もぉ、なあに?二人のその雰囲気。あーやーしーいー」
「別に。図書館で会っただけだよ」
「図書館?わかんないわよぉ。なぁに」
「俺が、図書館で会ったときに彼女のこと子供だって勘違いしてしまったんですよ」

代わりに答えたのはバーテンダー。
「みっちゃんまた勘違いされたの?」
「そうですー」

正確に言えばわざと勘違いしたふりを装って私に話しかけて来たのだ。

なるほど、それでソフトドリンクねとうなづく。彼はニヤリと面白そうな顔をした。

「もー、みっちゃんたら、そんな顔して。よくあるんでしょ?なら気にしないの」
「別に、気にしてないし」

バーテンダーがくすりと笑うと、充はまた顔を真っ赤にした。

「あ、あの。お名前、聞いてもいいですか?」
「夏河馨と言います。あなたのお名前は?」
「あ、あたしは有川充です。モデルのスタイリストをやってます」

充は急いで名刺を取り出した。バーテンダー、夏河さんはこちらにも目を向ける。

「……三津川あずきです。物書きをやってます
「へぇ。スタイリストと物書きさんですか。いつからお友達で?」
「大学生からです」

充は懐かしい表情をした。

「みっちゃん、あの時は本当にオシャレに興味なかったわよね」
「まあね」
「それであたしが口うるさく言って」
「それで喧嘩した」
「あはは、そんなこともあったわね!懐かしいわ」
「喧嘩、ですか?」

充は調子よく喋り出す。

「夏河さん、この子ったら喧嘩したときに、あ、この子の家でやったんだけどね、怒ってタンスの中から、Tシャツ投げてきたのよ」
「みつる、」
「次から次へと服投げてくるの。でもね、見たら全部Tシャツなの!もー、それが可笑しくて、怒りも吹っ飛んじゃったわよ」
「みつる、余計なこと言わないの!」

思わず肘で充をつつく。夏河さんもくすりと笑う。私はむっとしかめっ面をした。
だがすぐに充の声が落ち着いた声音になる。

「わかってるわよ。あんたがオシャレに気を向けられないほど大変だったのは。その証拠に今 はこんなに可愛いんだから」

よしよしと撫でる頭を撫でられる。

「お友達にも見えますけど、なんだか兄弟のようですね」
「あはは、そう見えますか?」
「過保護なお兄ちゃんは欲しくない」
「あら、妹だって自覚はあるのね」
「みーつーるー」

もー、充め。
私は酒を煽った。充ははごめんごめん、言いすぎたわ、と苦笑する。
そのまま充と夏河さんで話を進め、私は適当に相槌を打っていると、

カランカランーーーー。
客がやって来た。

「いらっしゃいませ」

夏河さんはそれではごゆっくり、と二人に告げる。
エリートサラリーマンと思われる出で立ちのその客は私の隣一つ空けて座った。

「ご注文は?」
「マティーニ、ロックで」
「かしこまりました」

充は新しい客には特に気にせず、最近のモデルについてや新しい仲間との話をし始めた。
話を聞きながら、一応儲かってはいるのかなと考える。他にも三人組のグループが一つ。そこも何やら話し込んで笑っている。

充が健全な人に惚れたことに少しホッとしていると、トラブルが起きた。
それは、隣のサラリーマン。

「おかまが来るバーじゃねーっての」

嫌味たっぷりに普通の声の大きさで言い、差し出されたマティーニを飲む。
その言葉に、有川は話していた言葉を止めた。そして、流し目にサラリーマンを見ると、はあぁとため息をつく。

「ほんと、やあねぇ。こんなダサ男に言われるなんて」
「なっ」
「みつる」

制止の声をかけたが、充は止まらずに口を開く。

「安い量販店で買おうがブランドのスーツを買おうが、着る人のセンスがなければ服がかわいそうよね」
「みつる」

充の足を軽く蹴った。

「あら、だって本当のことじゃない」

サラリーマンの男は、苦虫を潰したような顔で、今度は夏河さんを睨んだ。

「いつからオカマバーになったんだか。呆れるぜ」
「あら、夏河さんは悪くないわよ。良識のないあなたよりよっぽどね」
「ああ?」

男は怒って立ち上がった。
ああもうほら!

「お前さっきから生意気なんだよ」
「お客様、喧嘩はおやめください」

夏河さんも声をかけるが、聞かずにサラリーマンは大股で来て充の前に立つ。さっとマティーニの入ったグラスを傾けた。

「みつるっ」
とっさに動き、充の前に体を出す。
パシャリと服にかかり、カーディガン越しの腕に冷たい液体を感じた。

「みっちゃん、大丈夫?ちょっとあんた、何してんのよ!」

充も立ち上がり文句を言う。

「ふん、きゃんきゃんうるせえんだよ、おかま」
「やっていいことと悪いことがあるでしょう!?」

「おい、お客さん」

後ろから、静かな怒りを含ませる声。
夏河さんはギロリと睨んでサラリーマンの腕を掴んでいた。

「女であろうと男であろうと、手を出すのはやめろ。出てけ」

たっぷり睨みをかけて言えば、サラリーマンは気圧されて、鼻息荒く店を出ていった。
お店の中がしんと静まりかえる。否、三人組の客が何があったのだと会話をやめたのだ。

夏河さんが何にもなさかったかのような表現に戻る。

「ふぅ。すみません、直ぐに止められなくて…大丈夫じゃなさそうですけど大丈夫ですか?」
「みっちゃんずぶ濡れじゃない!」

私は大丈夫だと充をなだめた。

「それよりも、みつるったらやめなさいっていったのに」
「だ、だって…」
「あーいうのは無視するのが1番でしょ?大体お店の中でやりあっちゃいけません」
「うう…、て、そんなことより、拭くもの!」
「はい、どうぞ。奥にお手洗いありますのでそこで」
「すみません。お借りします」
「お気になさらずに。シミになったら大変ですので」

と言うわけで、私はトイレに引っ込んでいったのである。

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