お嬢さん、愛してますよ。
コンコンとノック音。
続いて夏河さんの声。
「失礼します。三津川さん、大丈夫ですか」
「あ、はい」
大方かけられたマティーニを拭き取り、カーディガンを持ってトイレから出た。
「お洋服、大丈夫ですか?」
「なんとか。まあクリーニング確実ですけど」
「すみません、弁償します。ちょっとお待ちください」
夏河さんはカウンターの方へ戻り、お財布を取り出したので、思わず私は止めた。
「大丈夫です。夏河さんのせいじゃありませんから」
「ですが、あの男を止められなかった私にも責任はあります」
「そんな気にしないでください。大体充にも部がありますので」
「そうよ夏河さん」
「充に払わせますから」
「んな!」
「当たり前でしょ。充あのまま夏河さん止めなきゃ、あの男殴る勢いだったでしょ」
「そ、そんなことないわよ!」
充は慌てふためく。夏河さんはまだ少し納得していない。
「その代わりと言ってはなんですけど、私帰りますね」
なんせ濡れてる身なので、と言えば彼はふっと息を吐いた。
「では、今日のお酒は私からのお詫びとお礼ということで」
「お礼?」
夏河さんは頷く。
「はい。あのお客は前々からちょっとありましたので」
「ああ、なるほど」
充は残念そうな顔で夏河さんに言う。
「夏河さん、私もすみませんでした。また今度必ず…来たいのですが……」
「どうぞいらしてください。お待ちしております」
鮮やかなスマイル。最後にもう一度充はハートを打たれた。
「あ、ありがとうございます!」
「それでは、また」
「ごちそうさまでした」
私と充は頭を下げて、バーをあとにした。
ーーー帰り道。
充は大したお酒も飲んでいないのにはしゃいだ声を出していた。
「きゃーもうステキ!ステキすぎる夏河さん!」
「はいはい。良かったですね」
「なんでそんなに淡白なのよ!」
「た、ん、ぱ、く?」
私は充の頭をげしげしかき回した。
「いやん!」
「いやんじゃないわよ、この!」
「ごめんなさいー!ほら、ここ何日間かのストレスが溜まって、ね?爆発しちゃったのよ!」
今度たくさんショッピング付き合うからー!と充が涙目に謝って来たので、しょうがなく手を止めた。
充が本気で怒った時は本当に手がつけられないから、まだいい方だろう。
充とはそのまま駅への分かれ道で別れ、私はお家へと帰った。
24時間も経たないうちに、また彼と出会うことになるとは知らずに。