お嬢さん、愛してますよ。
そうしてあれよあれよとしていると、あっという間に3時間も経っていた。
ノーパソを一旦閉じ、目頭をぐりぐりとする。
あー、無性に甘いものが食べたい。お菓子持ってくるの忘れた。どうしようかなー、コンビニ行こうかなー、けど今行ったらやる気なくなるよなー、どうしよー、あー、甘いもの食べたいー……。
と、うだうだ考えていその時。
「アフタヌーンティーにマカロンは?」
「あばばっうわあっ」
驚きのあまり、本をバサバサと落としてしまった。くすりと笑う声。
「な、夏河さん」
「どうも。独特な驚き方ですね」
「び、びっくりさせないでください」
「すみません」
彼はテーブルの迎えの席に座り、紙袋を差し出す。
「今日も来てるだろうと思って、マカロンとアイスティー買って来ました」
「そ、そんな、すみません。ありがとうございます。」
「いえいえ」
それよりも、「今日も」って?
私はおずおずと尋ねる。
「あのう、ここのおじいさんは?」
「祖父は、一昨日ぎっくり腰になりました」
「ぎ、ぎっくり腰」
「はい。なので代わりに私が」
おじいさん、大丈夫なのだろうか。いや、確かにだいぶご高齢なのだろうなと思ってはいたのだったのだが。
「だから昨日ーー…」
と、言いながら思い出して少しむっとした。彼はにこりと微笑む。
「はい、そう言うわけです。祖父から若い作家さんがここに通っているとは聞いていたのですが、まさかこんなに可愛らしい方だったとは」
「お世辞がお上手なことで」
「本当のことですよ。さ、召し上がってください」
彼は紙袋の中からマカロンとストローの刺さったアイスティーのカップを取り出す。
………甘いものの前に文句は言えない。
私はぺこりと頭を下げる。
「すみません、いただきます」
「どうぞ」
最初にピンク色のマカロンを一口。サクッと砕けて、舌に甘さが広がる。思わず頰が緩んだ。
「おいしいです」
「たくさん召し上がってください」
「夏河さんは?」
「私は甘いもの苦手なので」
彼はコーヒーの入ったカップを傾ける。ゴクリと動く喉仏を見て、昼だろうと夜だろうと色気は変わらず存在しているのだなと思った。充が好きそうな仕草である。
そのまましばし、無言でマカロンを一つ、二つ、三つと食べていると、彼はくすくすと笑いだした。
「な、なんですか」
「いえ、かわいーなと」
「なっ」
「ほら、喉つまりますよ」
言われた通り、喉が詰まりそうになって慌ててアイスティーを飲む。私はむせながら目の前で笑っている彼を睨んだ。
「けほっ、詰まらせたのは、夏河さんのせいですよ」
「それはすみません。けれど、夢中で頰に詰めながら食べているので思わず」
大方リスのようだとでも思ったのだろう。充もたまに同じことを言ってくるのだ。
「あずきさんとお呼びしても?」
「どうぞ」
「あずきさんはどんな本を書いているのですか?」
「色々です。もっぱら推理ものが多いですけど」
「今書いているのは?」
「館殺人事件です」
「館殺人事件…」
「わかってます。言わなくて結構です」
「まだ何も言ってませんよ。私も推理もの好きなんですって言おうとしたのに」
「それはどうも」
彼は口元に手を当てて笑う。
「今度新刊出たら教えてください。ぜひ読んでみたいな」
「ありがとうございます」
私は再びマカロンに手を伸ばす。また、無言の時が訪れた。
お互い会話がなくて黙っているわけではなく、図書館の緩やかな時間の流れに身を預けている。
「……ここは、静かですね」
「そうですね」
箱に入っていた六つのマカロンを食べ終える頃、顔をあげれば、夏河さんは目を閉じて静かな寝息を立てていた。
寝てる。
イケメンというのはなにをしてても絵になるものである。私はそーっとノーパソを開き、作業を再開した。