君のいた時を愛して~ I Love You ~
三十一
俺は『面会時間は午後からです』と呼び止める看護師の言葉を振り切ってサチの部屋へと向かった。しかし、サチは既に検査のために部屋にはいなかった。
病室の丸椅子に座ってサチを待っていると、サチはすぐに戻ってきた。
「コータ!」
サチは声を掛けるというよりも、俺の名を叫ぶなり、いきなり俺の胸に飛び込んできたので、俺は丸椅子から転げ落ちそうになりながら、必死にこらえてサチを抱きしめた。
サチの肩越しに唖然としている看護師の顔が見え、俺は少しだけ恥ずかしくなって顔が赤くなるのを感じた。
「痛いことされたのか?」
俺はサチをなだめるように言うと、サチの頭を優しくなでた。
「また、沢山血を取られたの・・・・・・」
「そっか、それは大変だったな。とりあえず、ベッドに横になって、休んだほうが良い」
俺は言うと、サチをベッドに横にならせた。
「検査結果が出次第、先生がいらっしゃいますので、このままお待ちください」
看護師は言うと、俺たちを置いて部屋から出て行った。
俺はサチの手を握り、サチを安心させるようにした。
「昨夜、ちゃんと寝られたのか?」
サチからは遅くない時間に『寂しい』とメッセージがあっただけだったが、俺にはサチが寝られたとは思えなかった。
「ねられなかった。だって、となりにコータがいないんだもん」
サチは言うと、俺の手をぎゅっと握った。
「じゃあ、少し寝るといい。俺がそばにいるから」
俺の言葉に、サチは安心したように目を閉じ、すぐに静かな寝息を立て始めた。俺はサチの手をしっかりと握ってサチを安心させることに勤めた。
検査結果が出るまでは思ったよりも時間がかかり、サチの寝息を聞いていた俺自身も、昨夜の寝不足からか、サチの安心した寝息を聞いているせいか、医師が姿を現した時にはうつらうつらと、夢と現実の間を行ったり来たりしていた。
「失礼します」
俺たちが頭と頭をくっつけ、寄り添うように寝ていたからか、中嶋先生はいきなり病室に足を踏み入れず、入り口で声を掛けて俺たちが起きるのを待っているようだった。
「すいません。昨夜はよく寝られなくて」
俺が言うと、中嶋先生は少しだけ笑みを漏らした。
「仲がよろしいんですね。サチさんも一睡もできなかったようです。夜勤の看護師が病室を循環するたびにサチさんは寝ずに天井を見つめていたと聞いています」
先生の言葉に、熟睡しているサチに俺は視線を走らせた。
きっと、誰も知っている人のいない病院は、サチにとっては道端と同じくらい孤独だったんだろう。そう思うと、早くサチを家に連れて帰りたいと俺は思った。
「検査結果のお話をしたいのですが、今でもいいですか?」
中嶋先生はサチが寝ているのを確認していった。
「あ、じゃあ、サチを起こします・・・・・・」
俺の言葉を先生が遮った。
「いや、サチさんは、たぶん話を聞くと怖がると思うので、まず、ご主人にお話ししたいのですが、よろしいですか?」
先生の言葉に俺は頷いた。
「検査の結果から、サチさんには、血液の病気の可能性があります。そのため、特別な検査をする必要があります」
先生の言葉に、俺の胸が締め付けられるように痛んだ。
「血液の病気って・・・・・・」
「骨髄穿刺って、わかりますか?」
俺は言葉だけは聞いたことがあったが、実際にどんなことをするのかはわからないから、頭を横に振った。
「脊髄に針を刺して、骨髄の中の白血球生成にかかわる検査をするんだけれど、麻酔をかけてもかなりの痛みが伴うし、通院での検査は難しいと思う。だから、改めて一日入院をするか、入院期間を延ばして検査をするかということなんだけれど・・・・・・」
脊髄に針を刺すと聞いただけで、背中を冷たいものが流れていく。
俺は言葉を見つけられず、静かに眠るサチのことを見つめた。
「先生、重い病気なんですか?」
俺は勇気を振り絞って問いかけた。
「それは・・・・・・」
「重い病気なら、俺に先に知らせてください」
俺の言葉に、先生はしばらく悩んでから、口を開いた。
「血液検査の結果から推定されるのは、白血病です。腰椎穿刺をするのは、治療法と治療方針を決めるためです」
白血病という言葉が、俺の体を貫いた。それは、あまりに鋭くて、あまりに衝撃的で、俺は声を出すこともできず、ぐっと空いているほうの手で胸を押さえた。
「最近では、絶対に治らない病気ではないんです。治っている方も大勢います」
俺の心を読んだかのように、先生が言った。
「でも、中には、白血病と聞くと、死刑宣告されたように感じてしまう方もいらっしゃるのです。ですから、先にご主人にお話しして、冷静に治療ができるように進めていきたいと思っているのです」
中嶋先生の言葉に、俺は無言でうなずいた。
「サチさん、奥様は、やはりもう一晩は難しそうですね」
俺の手をぎゅっと握るサチの様子に、先生は言った。
「サチは、っていうか、俺もなんですけど、育った環境が複雑で、そのせいでサチは、俺から花なれるのをすごく怖がるんです」
俺の説明を先生は静かに聞いてくれた。
「じゃあ、今日は退院して、改めて、検査の計画を立てましょう。検査は早いほうが良いですし、そのほうが早く治療が進められます」
先生の提案に、俺は感謝を伝えた。
「・・・・・・ん・・・・・・」
俺と先生の会話が聞こえたのか、サチが目を覚ました。
「中嶋先生・・・・・・」
「こんにちは、中村幸さん。いま、ご主人とお話ししていたのですが、まだ、検査をしないといけないのですが・・・・・・」
サチの瞳が恐怖に満ちるのを俺も先生も見逃さなかった。
「サチ、先生が、日にちを改めてって・・・・・・」
俺が言うと、サチは怯えた瞳で俺のことを見上げた。
「また、入院するの?」
「今度は、少し痛い検査をするので、日帰りじゃなく、一日、入院が必要になります」
先生の言葉にサチがぶるりと震えた。
「サチ、今日は帰ってもいいって・・・・・・」
俺の言葉に、サチは頭を横に振った。
「早く、すべてを終わらせたい・・・・・・」
「えっ?」
俺はサチの言葉に耳を疑った。
「何度も入院したら、大将のお店にも迷惑をかけるし・・・・・・」
サチの言葉に、俺は大将に連絡をするのを忘れていたことに気づいた。
「そんなこと・・・・・・」
大切な職場だけれど、サチの命には代えられない。
「もう一晩泊まったら、検査できますか?」
サチはまっすぐな瞳で中嶋先生のことを見上げた。
「・・・・・・検査ができるか、調べてきます。ちょっと待っていてください」
中嶋先生は言うと、一旦、病室から出て行った。
「サチ、本当にいいのか?」
「うん、何回もコータと離れたくない。だって、離れるたびに、コータに二度と会えなくなるんじゃないかって心配になるの」
サチは言うと、俺の体に縋り付いてきた。
「サチ、俺は絶対にいなくならない。サチのそばにずっといる。だから、俺がいなくなるなんて心配しなくていい」
俺はぎゅっとサチを抱きしめなおした。
しばらくしてから、再び中嶋先生が戻ってきて、急遽、今日の午後に検査ができること、明日の午後に検査後に異常がなければ退院できることを教えてくれた。
サチが落ちついているので、俺は大将に電話をかけるため、病室を後にした。
☆☆☆
病室の丸椅子に座ってサチを待っていると、サチはすぐに戻ってきた。
「コータ!」
サチは声を掛けるというよりも、俺の名を叫ぶなり、いきなり俺の胸に飛び込んできたので、俺は丸椅子から転げ落ちそうになりながら、必死にこらえてサチを抱きしめた。
サチの肩越しに唖然としている看護師の顔が見え、俺は少しだけ恥ずかしくなって顔が赤くなるのを感じた。
「痛いことされたのか?」
俺はサチをなだめるように言うと、サチの頭を優しくなでた。
「また、沢山血を取られたの・・・・・・」
「そっか、それは大変だったな。とりあえず、ベッドに横になって、休んだほうが良い」
俺は言うと、サチをベッドに横にならせた。
「検査結果が出次第、先生がいらっしゃいますので、このままお待ちください」
看護師は言うと、俺たちを置いて部屋から出て行った。
俺はサチの手を握り、サチを安心させるようにした。
「昨夜、ちゃんと寝られたのか?」
サチからは遅くない時間に『寂しい』とメッセージがあっただけだったが、俺にはサチが寝られたとは思えなかった。
「ねられなかった。だって、となりにコータがいないんだもん」
サチは言うと、俺の手をぎゅっと握った。
「じゃあ、少し寝るといい。俺がそばにいるから」
俺の言葉に、サチは安心したように目を閉じ、すぐに静かな寝息を立て始めた。俺はサチの手をしっかりと握ってサチを安心させることに勤めた。
検査結果が出るまでは思ったよりも時間がかかり、サチの寝息を聞いていた俺自身も、昨夜の寝不足からか、サチの安心した寝息を聞いているせいか、医師が姿を現した時にはうつらうつらと、夢と現実の間を行ったり来たりしていた。
「失礼します」
俺たちが頭と頭をくっつけ、寄り添うように寝ていたからか、中嶋先生はいきなり病室に足を踏み入れず、入り口で声を掛けて俺たちが起きるのを待っているようだった。
「すいません。昨夜はよく寝られなくて」
俺が言うと、中嶋先生は少しだけ笑みを漏らした。
「仲がよろしいんですね。サチさんも一睡もできなかったようです。夜勤の看護師が病室を循環するたびにサチさんは寝ずに天井を見つめていたと聞いています」
先生の言葉に、熟睡しているサチに俺は視線を走らせた。
きっと、誰も知っている人のいない病院は、サチにとっては道端と同じくらい孤独だったんだろう。そう思うと、早くサチを家に連れて帰りたいと俺は思った。
「検査結果のお話をしたいのですが、今でもいいですか?」
中嶋先生はサチが寝ているのを確認していった。
「あ、じゃあ、サチを起こします・・・・・・」
俺の言葉を先生が遮った。
「いや、サチさんは、たぶん話を聞くと怖がると思うので、まず、ご主人にお話ししたいのですが、よろしいですか?」
先生の言葉に俺は頷いた。
「検査の結果から、サチさんには、血液の病気の可能性があります。そのため、特別な検査をする必要があります」
先生の言葉に、俺の胸が締め付けられるように痛んだ。
「血液の病気って・・・・・・」
「骨髄穿刺って、わかりますか?」
俺は言葉だけは聞いたことがあったが、実際にどんなことをするのかはわからないから、頭を横に振った。
「脊髄に針を刺して、骨髄の中の白血球生成にかかわる検査をするんだけれど、麻酔をかけてもかなりの痛みが伴うし、通院での検査は難しいと思う。だから、改めて一日入院をするか、入院期間を延ばして検査をするかということなんだけれど・・・・・・」
脊髄に針を刺すと聞いただけで、背中を冷たいものが流れていく。
俺は言葉を見つけられず、静かに眠るサチのことを見つめた。
「先生、重い病気なんですか?」
俺は勇気を振り絞って問いかけた。
「それは・・・・・・」
「重い病気なら、俺に先に知らせてください」
俺の言葉に、先生はしばらく悩んでから、口を開いた。
「血液検査の結果から推定されるのは、白血病です。腰椎穿刺をするのは、治療法と治療方針を決めるためです」
白血病という言葉が、俺の体を貫いた。それは、あまりに鋭くて、あまりに衝撃的で、俺は声を出すこともできず、ぐっと空いているほうの手で胸を押さえた。
「最近では、絶対に治らない病気ではないんです。治っている方も大勢います」
俺の心を読んだかのように、先生が言った。
「でも、中には、白血病と聞くと、死刑宣告されたように感じてしまう方もいらっしゃるのです。ですから、先にご主人にお話しして、冷静に治療ができるように進めていきたいと思っているのです」
中嶋先生の言葉に、俺は無言でうなずいた。
「サチさん、奥様は、やはりもう一晩は難しそうですね」
俺の手をぎゅっと握るサチの様子に、先生は言った。
「サチは、っていうか、俺もなんですけど、育った環境が複雑で、そのせいでサチは、俺から花なれるのをすごく怖がるんです」
俺の説明を先生は静かに聞いてくれた。
「じゃあ、今日は退院して、改めて、検査の計画を立てましょう。検査は早いほうが良いですし、そのほうが早く治療が進められます」
先生の提案に、俺は感謝を伝えた。
「・・・・・・ん・・・・・・」
俺と先生の会話が聞こえたのか、サチが目を覚ました。
「中嶋先生・・・・・・」
「こんにちは、中村幸さん。いま、ご主人とお話ししていたのですが、まだ、検査をしないといけないのですが・・・・・・」
サチの瞳が恐怖に満ちるのを俺も先生も見逃さなかった。
「サチ、先生が、日にちを改めてって・・・・・・」
俺が言うと、サチは怯えた瞳で俺のことを見上げた。
「また、入院するの?」
「今度は、少し痛い検査をするので、日帰りじゃなく、一日、入院が必要になります」
先生の言葉にサチがぶるりと震えた。
「サチ、今日は帰ってもいいって・・・・・・」
俺の言葉に、サチは頭を横に振った。
「早く、すべてを終わらせたい・・・・・・」
「えっ?」
俺はサチの言葉に耳を疑った。
「何度も入院したら、大将のお店にも迷惑をかけるし・・・・・・」
サチの言葉に、俺は大将に連絡をするのを忘れていたことに気づいた。
「そんなこと・・・・・・」
大切な職場だけれど、サチの命には代えられない。
「もう一晩泊まったら、検査できますか?」
サチはまっすぐな瞳で中嶋先生のことを見上げた。
「・・・・・・検査ができるか、調べてきます。ちょっと待っていてください」
中嶋先生は言うと、一旦、病室から出て行った。
「サチ、本当にいいのか?」
「うん、何回もコータと離れたくない。だって、離れるたびに、コータに二度と会えなくなるんじゃないかって心配になるの」
サチは言うと、俺の体に縋り付いてきた。
「サチ、俺は絶対にいなくならない。サチのそばにずっといる。だから、俺がいなくなるなんて心配しなくていい」
俺はぎゅっとサチを抱きしめなおした。
しばらくしてから、再び中嶋先生が戻ってきて、急遽、今日の午後に検査ができること、明日の午後に検査後に異常がなければ退院できることを教えてくれた。
サチが落ちついているので、俺は大将に電話をかけるため、病室を後にした。
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