君のいた時を愛して~ I Love You ~
 病院を出て、まっすぐにサチが待つ部屋を目指していたコータだったが、逃れがたい現実から逃れたいという願望からか、コータはバスに乗るのも忘れ、足元だけを見つめて黙々と歩き続けていた。
 急いで帰らなくてはいけないという思いと、どんな顔をしてサチに話したらいいのかという思いで、コータの頭はいっぱいだった。サチが命に関わる大切なことでコータに嘘をついていたというのもショックだったが、それよりも何よりも、サチを失う恐怖がコータの体を麻痺させ、一日の業務の後の長距離歩行という激しく体に鞭打つ行動も苦にならなかった。

(・・・・・・・・こんなに、バス停からアパートまで遠かったっけ? いや、俺、バスに乗ったか?・・・・・・・・)

 ふと立ち止まり考えたコータは、慌ててポケットからPHSを取り出して時間を確認した。
 以前のコータならば、腕につけた安物の腕時計をあてにするところだったが、PHSを使うことが日常的になったコータは迷わず時間はPHSで確認するようになっていた。

(・・・・・・・・こんな時間! サチが心配してる!・・・・・・・・)

 コータは慌ててサチの番号を呼び出した。
「サチ、ごめん遅くなって」
 コータは相手を確認せず、いつものように話し始めた。
『あんた、こんな時間までさっちゃんを一人にしてどういうつもりだい? まさか、どこかで一杯ひっかけてきたんじゃないだろうね?』
 突然の怒鳴り声にコータは慌ててPHSを耳から離した。

(・・・・・・・・誰だ? サチの電話に出た・・・・・・・・)

「あの、サチはそこにいますか?」
 間抜けな質問を返したコータに、怒鳴りながら相手はサチが倒れたことを説明してくれた。
「すぐに帰ります」
 コータは言うと、相手の返事を待たずにPHSをポケットに突っ込むとダッシュでアパートを目指した。

☆☆☆

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