君のいた時を愛して~ I Love You ~
「ちょっとぉ、あんた聞いてるのかい?」
富田のおばさんは言うと、忌々し気にPHSを睨んだ。
「おばさん、コータを怒らないで・・・・・・」
サチは細い声で言った。
「大きな声出すんじゃないよ、さっちゃんの体に悪いじゃないか」
山根のおばさんに窘められ、富田のおばさんはシュンとなった。
「ごめんよぉ、さっちゃん。大きな声を出したりして」
富田のおばさんは言うと、激しい雑音を垂れ流すPHSをサチの手に返した。
「まだ、電話繋がっているみたいなんだけどね」
PHSを握ったサチは、コータが必死に自分の元に向かってきていると思うだけで心が落ち着いていくのを感じた。
安心感はゆっくりとサチの心を満たし、段々にサチの体は楽になり、呼吸も落ち着いていった。
「よかった、少し顔色がよくなってきたね」
富田のおばさんの言葉に、サチは少しだけ微笑み返すことができた。
それから十分もしないうちにバタバタと階段を駆け上がる音がして、コータが部屋に飛び込むと同時に入口に控えていた富田と山根のおばさんたちに激突した。
「危ないじゃないか!」
「おお、痛い!」
二人二様の声を聴きながらも、コータの目は二人には向けられず、部屋の中にいるサチに固定されていた。
「おかえりなさい、コータ。でも、ダメだよ、こんな遅くにあんなに大きい音を立てて帰ってきたら、迷惑になっちゃうよ」
それは昔、サチが一緒に暮らし始めたころ、コータがサチに教えた時のような優しく懐かしいトーンだった。
「サチ、サチ、サチ!」
コータはサチの名を呼びながらサチの元まで行くとサチをしっかりと抱きしめた。
「あらっ!」
「お邪魔虫は退散よ」
山根のおばさんが富田のおばさんに引きずられるようにして部屋から出ていくのもコータの視界には入ったが見えなかった。
「コータ、どうしたの? 職場で何かあった?」
優しく問いかけるサチの瞳をコータはまっすぐに捉えた。
「コータ?」
サチは怪訝そうに問いかけた。
「中嶋先生に話を聞いてきた」
コータの言葉に今度はサチが蒼褪め、凍り付いたように動かなくなった。
「何度も、俺を同伴で診察に来てほしいってサチに話したけれど、サチは俺が仕事で忙しくて病院に付き添えないって、先生に話したって聞いた・・・・・・。なんで、俺たち結婚したのに、もう隠し事なんて何にもないはずなのに、なんで話してくれなかったんだよ」
コータの瞳から涙が零れた。
「俺は、サチが助かるなら、二度とフレンチレストランに行かなくても、二度と旅行に行ったり、贅沢なんて何にもしなくていい。サチだけがいてくれれば、どんな借金を背負ったって、どんな苦労だって、苦労だなんて感じない。なのに、サチは、サチはそうじゃないのか? 俺のこと、一人で残して、ここに置いてどっかに行っても良いって、そう思ってるのか?」
大粒の涙が零れ、コータの瞳に映るサチは涙で歪んで、その表情のない蒼褪めた顔は、まるで他人の顔のように見えた。
「俺を置いていかないでくれ・・・・・・。サチが治るなら、俺は、何でもするから」
目の前のサチが消えていなくなりそうで、コータは更にしっかりとサチを抱きしめた。
以前から細かったが、倒れて入院するちょっと前から更に痩せて骨ばっていたサチの体は更に肉が落ちて骨だけになっているように感じた。
「こんなに痩せて・・・・・・。今にも消えちゃいそうじゃないか」
コータの脳裏に、病でやせ細り、骨と皮のようになって亡くなった母の姿が蘇った。
「サチ・・・・・・。サチ・・・・・・・。ここにいるなら、なんか言ってくれよ。お願いだよ、サチ・・・・・・」
泣きながら言うコータに、サチは勇気を振り絞って触れた。
「サチ・・・・・・」
気づいたコータがすこし体を離し、サチの手を握り締めた。
「ごめんなさい。コータ。あたし、あたしね、コータのお荷物になりたくなかったの。だって、治療だけで沢山お金がかかるのに、この上、移植とか、そんなお金払えないよ。だから、コータが知ったら苦しむから、そのままにしておきたかったの」
「そのままって・・・・・・」
「助かるかもしれないけれど、お金がないから助からないってなったら、コータ、自分の責任だと思うでしょ。でも、手遅れだった、気付かなかったって聞いたら、諦めがつくでしょ」
サチの言葉にコータは眼を見張った。
「あたしたちにとって、いっつも、世間は敵じゃないんだよ。みんな優しくしてくれる。でも、お金はあたしたちに優しくしてくれない。どんなに頑張って貯金しても、大切なお金なのに、あたしの治療のせいで、コータが必死に働いて貯めてくれたお金、どんどんなくなっていって、頑張って働いて、家事もしてくれて、やっと貰うお給料だって、あたしの医療費になっちゃう。もう、そんなの嫌なの。それなら、コータと最後に素敵な思い出を作りたい。それで、あたしは消えちゃうかもしれないけど、いなくなってもコータのことを愛してるから・・・・・・」
サチの言葉にコータは吠えるようにして『バカ!』と叫んだ。
「サチのいない人生なんて、俺には無意味だろう! ただ、空気を吸って生きてるだけの時間が虚しくて、生きてる意味が見いだせなかった俺に、サチが生きる意味を教えてくれたんだろ! 大切な人を守って、大切な人と一緒に生きていく。それなのに、サチが消えていなくなるなんて、俺の生きている意味がなくなるのと同じなんだぞ!」
コータの言葉はサチの胸をいっぱいに暖かくしてくれた。これほどまでに自分がコータに愛されていると、サチは再認識するとともに、自分の生きている意味は、やはりコータと一緒にいることにあると感じた。
「コータは、あたしの生きる意味だよ」
「それなら、俺が消えたらサチはどう感じるんだよ」
「生きていかれない・・・・・・」
「俺だってそうだよ。だから、治療をしよう。明日、一緒に病院に行こう。それで、中嶋先生にもっと詳しく移植のことを聞いて、二人で頑張ろう」
「コータ・・・・・・」
「サチ、愛してる」
「コータ・・・・・・」
涙が溢れ、サチはコータの胸に顔を埋めた。
「何があっても、諦めずに、二人で生きていこう」
コータの言葉に、サチは嗚咽を漏らしながら頷いた。
☆☆☆
富田のおばさんは言うと、忌々し気にPHSを睨んだ。
「おばさん、コータを怒らないで・・・・・・」
サチは細い声で言った。
「大きな声出すんじゃないよ、さっちゃんの体に悪いじゃないか」
山根のおばさんに窘められ、富田のおばさんはシュンとなった。
「ごめんよぉ、さっちゃん。大きな声を出したりして」
富田のおばさんは言うと、激しい雑音を垂れ流すPHSをサチの手に返した。
「まだ、電話繋がっているみたいなんだけどね」
PHSを握ったサチは、コータが必死に自分の元に向かってきていると思うだけで心が落ち着いていくのを感じた。
安心感はゆっくりとサチの心を満たし、段々にサチの体は楽になり、呼吸も落ち着いていった。
「よかった、少し顔色がよくなってきたね」
富田のおばさんの言葉に、サチは少しだけ微笑み返すことができた。
それから十分もしないうちにバタバタと階段を駆け上がる音がして、コータが部屋に飛び込むと同時に入口に控えていた富田と山根のおばさんたちに激突した。
「危ないじゃないか!」
「おお、痛い!」
二人二様の声を聴きながらも、コータの目は二人には向けられず、部屋の中にいるサチに固定されていた。
「おかえりなさい、コータ。でも、ダメだよ、こんな遅くにあんなに大きい音を立てて帰ってきたら、迷惑になっちゃうよ」
それは昔、サチが一緒に暮らし始めたころ、コータがサチに教えた時のような優しく懐かしいトーンだった。
「サチ、サチ、サチ!」
コータはサチの名を呼びながらサチの元まで行くとサチをしっかりと抱きしめた。
「あらっ!」
「お邪魔虫は退散よ」
山根のおばさんが富田のおばさんに引きずられるようにして部屋から出ていくのもコータの視界には入ったが見えなかった。
「コータ、どうしたの? 職場で何かあった?」
優しく問いかけるサチの瞳をコータはまっすぐに捉えた。
「コータ?」
サチは怪訝そうに問いかけた。
「中嶋先生に話を聞いてきた」
コータの言葉に今度はサチが蒼褪め、凍り付いたように動かなくなった。
「何度も、俺を同伴で診察に来てほしいってサチに話したけれど、サチは俺が仕事で忙しくて病院に付き添えないって、先生に話したって聞いた・・・・・・。なんで、俺たち結婚したのに、もう隠し事なんて何にもないはずなのに、なんで話してくれなかったんだよ」
コータの瞳から涙が零れた。
「俺は、サチが助かるなら、二度とフレンチレストランに行かなくても、二度と旅行に行ったり、贅沢なんて何にもしなくていい。サチだけがいてくれれば、どんな借金を背負ったって、どんな苦労だって、苦労だなんて感じない。なのに、サチは、サチはそうじゃないのか? 俺のこと、一人で残して、ここに置いてどっかに行っても良いって、そう思ってるのか?」
大粒の涙が零れ、コータの瞳に映るサチは涙で歪んで、その表情のない蒼褪めた顔は、まるで他人の顔のように見えた。
「俺を置いていかないでくれ・・・・・・。サチが治るなら、俺は、何でもするから」
目の前のサチが消えていなくなりそうで、コータは更にしっかりとサチを抱きしめた。
以前から細かったが、倒れて入院するちょっと前から更に痩せて骨ばっていたサチの体は更に肉が落ちて骨だけになっているように感じた。
「こんなに痩せて・・・・・・。今にも消えちゃいそうじゃないか」
コータの脳裏に、病でやせ細り、骨と皮のようになって亡くなった母の姿が蘇った。
「サチ・・・・・・。サチ・・・・・・・。ここにいるなら、なんか言ってくれよ。お願いだよ、サチ・・・・・・」
泣きながら言うコータに、サチは勇気を振り絞って触れた。
「サチ・・・・・・」
気づいたコータがすこし体を離し、サチの手を握り締めた。
「ごめんなさい。コータ。あたし、あたしね、コータのお荷物になりたくなかったの。だって、治療だけで沢山お金がかかるのに、この上、移植とか、そんなお金払えないよ。だから、コータが知ったら苦しむから、そのままにしておきたかったの」
「そのままって・・・・・・」
「助かるかもしれないけれど、お金がないから助からないってなったら、コータ、自分の責任だと思うでしょ。でも、手遅れだった、気付かなかったって聞いたら、諦めがつくでしょ」
サチの言葉にコータは眼を見張った。
「あたしたちにとって、いっつも、世間は敵じゃないんだよ。みんな優しくしてくれる。でも、お金はあたしたちに優しくしてくれない。どんなに頑張って貯金しても、大切なお金なのに、あたしの治療のせいで、コータが必死に働いて貯めてくれたお金、どんどんなくなっていって、頑張って働いて、家事もしてくれて、やっと貰うお給料だって、あたしの医療費になっちゃう。もう、そんなの嫌なの。それなら、コータと最後に素敵な思い出を作りたい。それで、あたしは消えちゃうかもしれないけど、いなくなってもコータのことを愛してるから・・・・・・」
サチの言葉にコータは吠えるようにして『バカ!』と叫んだ。
「サチのいない人生なんて、俺には無意味だろう! ただ、空気を吸って生きてるだけの時間が虚しくて、生きてる意味が見いだせなかった俺に、サチが生きる意味を教えてくれたんだろ! 大切な人を守って、大切な人と一緒に生きていく。それなのに、サチが消えていなくなるなんて、俺の生きている意味がなくなるのと同じなんだぞ!」
コータの言葉はサチの胸をいっぱいに暖かくしてくれた。これほどまでに自分がコータに愛されていると、サチは再認識するとともに、自分の生きている意味は、やはりコータと一緒にいることにあると感じた。
「コータは、あたしの生きる意味だよ」
「それなら、俺が消えたらサチはどう感じるんだよ」
「生きていかれない・・・・・・」
「俺だってそうだよ。だから、治療をしよう。明日、一緒に病院に行こう。それで、中嶋先生にもっと詳しく移植のことを聞いて、二人で頑張ろう」
「コータ・・・・・・」
「サチ、愛してる」
「コータ・・・・・・」
涙が溢れ、サチはコータの胸に顔を埋めた。
「何があっても、諦めずに、二人で生きていこう」
コータの言葉に、サチは嗚咽を漏らしながら頷いた。
☆☆☆