君のいた時を愛して~ I Love You ~
本当ならば、電車とバスでの帰宅を考えると少し遠回りになるのだが、コータは気にせずに目的の場所を目指した。
「ここだよ」
コータの言葉に、サチは目を瞬きながら店の入口上に掲げられた看板を見上げた。
赤地に白い筆で店の名を描いたような看板だった。
「たこ焼き?」
サチはまだ目を丸くしていた。
「俺、小さいころ、縁日とか行っても、買えなかったんだ」
コータの言葉に、サチは学校の友達が皆、浴衣を着飾って縁日に行くのに、母のスナックの裏でごみ掃除をしていた子供時代を思い出した。
「サチもそうかなって、勝手に思っちゃったけど、子供っぽ過ぎてサチは嫌かな?」
コータの言葉に、サチは頭を横に振った。
「食べてみたい。あたし、初めて食べるよ」
サチの答えに、コータは笑みを見せると、店の中へとサチを導いた。
店の中に入ると『いらっしゃいませ』という威勢のいい掛け声のような声がかかり、すぐに『お好きな席にどうぞ』と外国人の定員が丁寧に勧めてくれた。
小さくて、豪華という言葉とは縁遠い、安い一杯飲み屋のような作りの店は、透明な仕切り板の向こうに見える客席とほぼ同じような面積を占める厨房から流れてくる熱で冬なら暖房いらず、夏なら熱射病になりそうな温度だった。
席に着いたコータとサチは、メニューを片手に、とりあえず冷たい飲み物を頼んだ。
「ここ、たこ焼きが美味しいんだって」
コータの言葉を聞きながら、沢山の種類があるたこ焼きをサチは目で追った。
「これ、全部たこ焼きなんだ・・・・・・」
「俺、普通のたれとかつお節かけたやつしか見たことなかったよ」
コータも驚きを隠せずに言うと、ちょうど店員がドリンクを二つ運んできてくれた。
「すいません、一番お勧めっていうか、スタンダードなたこ焼きってどれですか?」
コータの問いに、外国人の店員はメニューを指さして『これです』と答えた。
「じゃあ、これをとりあえず一皿お願いします」
コータがオーダーすると、店員は『ありがとうございます』と言ってすぐに厨房の方に歩いて行った。
「あの人、すごいね。日本語がちゃんとわかるんだ」
サチが知っている外国人と言えば、母の同業者のスナックで働いていたアジア系の外国人の女性くらいだった。言葉はたどたどしく、お酒を飲むのが仕事だと思っているように、毎日浴びるようにお酒を飲み、近くのワンルームの安アパートに大勢で住んでいて、店が休みの日にぞろぞろと買い物に出てくる姿を見かけるくらいだった。
「そうだね。俺が前に工場で働いてた時も、外国人の人はいたよ。確か、中東とか、遠くから来た人だったと思った。すごく頑張って勉強してて、残業とかも嫌がらないで進んで引き受けて、すごいなぁって思ったよ」
コータとサチでは、短い人生とはいえ、歩いてきた道が違う。だから、サチにしてみれば、外国人というと飲み屋で働いている女性だが、コータにとっては優秀な技術士で、それぞれの外国人に対する考え方の違いを初めて知るできごとだった。
「そういえば、うちの周り、外国人いないよな。アパートも全員日本人だし」
コータが言い、サチは笑って答えた。
「やっぱり、都会は外国の人も多いんだね」
「そうだな」
楽しそうなサチを見ながら、コータは冷たいウーロン茶を飲んだ。
「持ち帰りがお勧めって言われたけど、やっぱり店の中は熱いからかな・・・・・・」
コータの言葉に、サチは『そうかも』と答えながら冷えたウーロン茶をごくりと音を立てて飲み込んだ。
「たこやき、レギュラーになります」
店員がテーブルの真ん中に真ん丸なたこ焼きの乗った皿を置いた。
「ありがとうございます」
コータが律儀に礼を言うと、店員は頭を下げて厨房の方へ戻っていった。
「真ん丸だね」
サチがワクワクした顔で言った。
「これ、一口じゃ難しいよな」
「でも、一口で食べるものじゃないの?」
たこ焼きの食べ方に作法があるかどうかはわからないが、少なくとも二人は作法を知らないので、奥の席に座ってビールを飲みながらたこ焼きと焼きそばを食べている男性をじっと見つめた。
奥の男性は一人客なので、新聞を片手にビールを飲んでは焼きそば、たこ焼きに箸を伸ばしていた。
男性の箸がたこ焼きに伸び、パクリという感じで体が動き、箸がおかれた。
ほぼ背中を向けている男性客が一口だったかどうか、二人はたこ焼きを掴んでから、男性が箸を置くまでの時間を反芻しながら、『これは一口だ』と互いに顔を見合わせて頷いた。
サチとコータは割り箸を手に取り、人生初のたこ焼きを食するべく箸を伸ばした。
真ん丸のたこ焼きは、しなりと挟めるかと思いきや、しっかりとした弾力があり、外側はしっかりと固くこんがりと焼けていた。
まず、コータがたこ焼きを掴み上げると、パクリっと口に放り込んだ。それを見たサチも、あとを追うようにたこ焼きを頑張って頬張った。
次の瞬間、コータが箸を置いて手を口にやった。
「・・・・ぁつ、あ、あ、あ、あ、あつい・・・・・・」
目には涙を浮かべ、今にもたこ焼きを吐き出してしまおうか、いや、それは勿体ないとばかりに、片手を口に、片手をウーロン茶に伸ばしながら悶絶している。遅れてたこ焼きを口に入れたサチも同じ様子で、涙をぼろぼろこぼしながら、両手で口を押えて悶絶した。
数分間、熱さと戦った二人は、たこ焼きを飲み込むと同時に、ほぼシンクロした動きでウーロン茶を飲んだ。
一瞬の沈黙の後、『熱かったね』とサチが言った。
「熱かった。けど、美味しかった」
コータが言うと、サチも『うん』と答えた。
それから二人は、たこ焼きを半分に切ったり、少し冷ましたりしながら堪能し、追加でたこ焼きと、奥の男性が食べていた焼きそばを注文した。
さすがに、店内の暑さに負け、追加でドリンクを頼みそうになった二人は、お腹も満腹になったのに満足し、店を出ることにした。
たこ焼き十六個、焼きそば一皿、ドリンク二杯、締めて二千円ちょっとの贅沢だった。
「コンビニで、冷たいドリンクを買って飲もう!」
いつもより足取りの軽いサチにコータは喜び、コンビニで冷たいドリンクを買って二人で飲んだ。
「たこ焼き、美味しかったね」
サチがしみじみと言った。
「俺も、あんなにたこ焼きが美味しいって初めて知った」
「あたしもだよ。縁日とか、お祭りとか、行ったことないし」
サチの言葉に、コータは少し茶目っ気のある瞳で言った。
「じゃあ、サチが元気になったら、縁日とお祭りを制覇しよう。俺も、綿あめとか食べてみたいし」
「あ、りんご飴とか、バナナチョコとか?」
「それに、お好み焼きと、焼きそば。それから、金魚すくいも良いな」
「それなら、あたしはヨーヨーすくいしたい」
「じゃあ、早くドナーが見つかって、サチが元気になるように、お祈りしないとな」
コータの言葉に、サチがコータの腕に抱き着いた。
「コータ。大好き!」
「俺もだよ、サチ」
コータは言うと、サチの頭を撫でた。
それから二人は電車に乗って家路についた。
「ここだよ」
コータの言葉に、サチは目を瞬きながら店の入口上に掲げられた看板を見上げた。
赤地に白い筆で店の名を描いたような看板だった。
「たこ焼き?」
サチはまだ目を丸くしていた。
「俺、小さいころ、縁日とか行っても、買えなかったんだ」
コータの言葉に、サチは学校の友達が皆、浴衣を着飾って縁日に行くのに、母のスナックの裏でごみ掃除をしていた子供時代を思い出した。
「サチもそうかなって、勝手に思っちゃったけど、子供っぽ過ぎてサチは嫌かな?」
コータの言葉に、サチは頭を横に振った。
「食べてみたい。あたし、初めて食べるよ」
サチの答えに、コータは笑みを見せると、店の中へとサチを導いた。
店の中に入ると『いらっしゃいませ』という威勢のいい掛け声のような声がかかり、すぐに『お好きな席にどうぞ』と外国人の定員が丁寧に勧めてくれた。
小さくて、豪華という言葉とは縁遠い、安い一杯飲み屋のような作りの店は、透明な仕切り板の向こうに見える客席とほぼ同じような面積を占める厨房から流れてくる熱で冬なら暖房いらず、夏なら熱射病になりそうな温度だった。
席に着いたコータとサチは、メニューを片手に、とりあえず冷たい飲み物を頼んだ。
「ここ、たこ焼きが美味しいんだって」
コータの言葉を聞きながら、沢山の種類があるたこ焼きをサチは目で追った。
「これ、全部たこ焼きなんだ・・・・・・」
「俺、普通のたれとかつお節かけたやつしか見たことなかったよ」
コータも驚きを隠せずに言うと、ちょうど店員がドリンクを二つ運んできてくれた。
「すいません、一番お勧めっていうか、スタンダードなたこ焼きってどれですか?」
コータの問いに、外国人の店員はメニューを指さして『これです』と答えた。
「じゃあ、これをとりあえず一皿お願いします」
コータがオーダーすると、店員は『ありがとうございます』と言ってすぐに厨房の方に歩いて行った。
「あの人、すごいね。日本語がちゃんとわかるんだ」
サチが知っている外国人と言えば、母の同業者のスナックで働いていたアジア系の外国人の女性くらいだった。言葉はたどたどしく、お酒を飲むのが仕事だと思っているように、毎日浴びるようにお酒を飲み、近くのワンルームの安アパートに大勢で住んでいて、店が休みの日にぞろぞろと買い物に出てくる姿を見かけるくらいだった。
「そうだね。俺が前に工場で働いてた時も、外国人の人はいたよ。確か、中東とか、遠くから来た人だったと思った。すごく頑張って勉強してて、残業とかも嫌がらないで進んで引き受けて、すごいなぁって思ったよ」
コータとサチでは、短い人生とはいえ、歩いてきた道が違う。だから、サチにしてみれば、外国人というと飲み屋で働いている女性だが、コータにとっては優秀な技術士で、それぞれの外国人に対する考え方の違いを初めて知るできごとだった。
「そういえば、うちの周り、外国人いないよな。アパートも全員日本人だし」
コータが言い、サチは笑って答えた。
「やっぱり、都会は外国の人も多いんだね」
「そうだな」
楽しそうなサチを見ながら、コータは冷たいウーロン茶を飲んだ。
「持ち帰りがお勧めって言われたけど、やっぱり店の中は熱いからかな・・・・・・」
コータの言葉に、サチは『そうかも』と答えながら冷えたウーロン茶をごくりと音を立てて飲み込んだ。
「たこやき、レギュラーになります」
店員がテーブルの真ん中に真ん丸なたこ焼きの乗った皿を置いた。
「ありがとうございます」
コータが律儀に礼を言うと、店員は頭を下げて厨房の方へ戻っていった。
「真ん丸だね」
サチがワクワクした顔で言った。
「これ、一口じゃ難しいよな」
「でも、一口で食べるものじゃないの?」
たこ焼きの食べ方に作法があるかどうかはわからないが、少なくとも二人は作法を知らないので、奥の席に座ってビールを飲みながらたこ焼きと焼きそばを食べている男性をじっと見つめた。
奥の男性は一人客なので、新聞を片手にビールを飲んでは焼きそば、たこ焼きに箸を伸ばしていた。
男性の箸がたこ焼きに伸び、パクリという感じで体が動き、箸がおかれた。
ほぼ背中を向けている男性客が一口だったかどうか、二人はたこ焼きを掴んでから、男性が箸を置くまでの時間を反芻しながら、『これは一口だ』と互いに顔を見合わせて頷いた。
サチとコータは割り箸を手に取り、人生初のたこ焼きを食するべく箸を伸ばした。
真ん丸のたこ焼きは、しなりと挟めるかと思いきや、しっかりとした弾力があり、外側はしっかりと固くこんがりと焼けていた。
まず、コータがたこ焼きを掴み上げると、パクリっと口に放り込んだ。それを見たサチも、あとを追うようにたこ焼きを頑張って頬張った。
次の瞬間、コータが箸を置いて手を口にやった。
「・・・・ぁつ、あ、あ、あ、あ、あつい・・・・・・」
目には涙を浮かべ、今にもたこ焼きを吐き出してしまおうか、いや、それは勿体ないとばかりに、片手を口に、片手をウーロン茶に伸ばしながら悶絶している。遅れてたこ焼きを口に入れたサチも同じ様子で、涙をぼろぼろこぼしながら、両手で口を押えて悶絶した。
数分間、熱さと戦った二人は、たこ焼きを飲み込むと同時に、ほぼシンクロした動きでウーロン茶を飲んだ。
一瞬の沈黙の後、『熱かったね』とサチが言った。
「熱かった。けど、美味しかった」
コータが言うと、サチも『うん』と答えた。
それから二人は、たこ焼きを半分に切ったり、少し冷ましたりしながら堪能し、追加でたこ焼きと、奥の男性が食べていた焼きそばを注文した。
さすがに、店内の暑さに負け、追加でドリンクを頼みそうになった二人は、お腹も満腹になったのに満足し、店を出ることにした。
たこ焼き十六個、焼きそば一皿、ドリンク二杯、締めて二千円ちょっとの贅沢だった。
「コンビニで、冷たいドリンクを買って飲もう!」
いつもより足取りの軽いサチにコータは喜び、コンビニで冷たいドリンクを買って二人で飲んだ。
「たこ焼き、美味しかったね」
サチがしみじみと言った。
「俺も、あんなにたこ焼きが美味しいって初めて知った」
「あたしもだよ。縁日とか、お祭りとか、行ったことないし」
サチの言葉に、コータは少し茶目っ気のある瞳で言った。
「じゃあ、サチが元気になったら、縁日とお祭りを制覇しよう。俺も、綿あめとか食べてみたいし」
「あ、りんご飴とか、バナナチョコとか?」
「それに、お好み焼きと、焼きそば。それから、金魚すくいも良いな」
「それなら、あたしはヨーヨーすくいしたい」
「じゃあ、早くドナーが見つかって、サチが元気になるように、お祈りしないとな」
コータの言葉に、サチがコータの腕に抱き着いた。
「コータ。大好き!」
「俺もだよ、サチ」
コータは言うと、サチの頭を撫でた。
それから二人は電車に乗って家路についた。