君のいた時を愛して~ I Love You ~
 部屋に戻り、野菜の皮を剥いたり、切ったりする音がすると、よく眠っていたサチもさすがに目を覚ました。
「コータ、お帰りなさい」
 サチは一生懸命に起き上がろうとしながら言った。
「いいよ、サチは夕飯できるまで寝てて」
 俺が言うと、サチは再び横になった。
「ごめんね、コータ。お仕事だったのに・・・・・・」
 サチは申し訳なさそうに言った。
「謝ることないって。俺はサチに美味しいものを作りたいって思っただけだから」
 俺は言いながら、手に持ったジャガイモをサチに見せた。
「カレーライス」
 俺の作れる料理のレパートリーを知り尽くしているサチは、材料からすぐにわかったようだった。
「あたり! サチすごいな、ジャガイモ見ただけでわかるなんて」
 俺が言うと、サチが少しだけ微笑んだ。
「出来上がるまで、寝てていいから」
 俺の言葉に頷くと、サチは再び目を閉じた。
 サチが助かるなら、俺はどんな罰を受けたってかまわない。破産したって、そう思ったから、恥を忍んで自分から縁を切ると宣言した父にまで会いに行ったのに、父の怒りは俺の予想をはるかに超え、話すら聞いてはくれなかった。
 大将の店だって、都合をつけてくれるとはいっても、きっとそれは大将の店の運転資金に違いなく、そうそうおいそれと借りるわけにはいかないお金だ。しかも、返せるのも一括ではなく、分割になってしまったら、大将の店の経営にもかかわってくる大問題だ。だから、一番、お金の融通がつきそうな場所である父のもとに頼みに行ったのに、父はもう父ではなかった。

(・・・・・・・・あの人、何の躊躇もなく、俺のことを足蹴にした・・・・・・・・)

 コータは考えながらぎゅっとジャガイモを握った。

(・・・・・・・・あの人は、母さんを愛していたはずなのに、その母さんとの子供の俺を何の躊躇もなく足蹴にして、屋敷から放り出した。本当は、あの人、俺のことも母さんのことも愛してなかったんだ。だから、母さんは俺を連れてあの人の前からいなくなった。もっと、早く気がつけばよかった。俺にも、父親がいるなんて、夢をまだ見ていたなんて、俺ってバカすぎる・・・・・・・・)

 一筋、コータの瞳から涙が零れ落ちたが、それをサチが見ることはなかった。

 ジャガイモもニンジンも肉も、何もかもサチが食べやすいように小さく切らないといけないんだよな。
 俺は考えながら、サチの一口サイズに野菜を切りそろえ、湯の沸いた鍋の中に同じく一口サイズの肉を放り込んだ。
 カレーのルーの箱には、油で肉を炒め、野菜を炒めてからお湯を入れると書かれているが、俺のカレーの作り方は、母親譲りの作り方だ。前に、箱に書いてある通りにカレーを作ったら、肉が固くて食べられず、母さんに箱に書いてあるレシピを信じると、肉は塊になると教えてもらったから、それ以来、カレーの肉が固くて食べられないという悲劇を味わったことはない。
 肉を入れた鍋が再び沸騰したのを確認すると、俺はニンジンを入れて再び鍋が沸騰するのを待った。それからジャガイモを入れ、沸騰するころに牛乳をたっぷりと入れた。
 牛乳が入ると、鍋は噴きやすくなるから、しばらくは目を離せなくなるが、野菜が食べごろの柔らかさになるまで鍋につきっきりでかき混ぜたりした後、ジャガイモが溶ける前にルーを加えて火を消した。
 ゆっくりと鍋をかき混ぜ、ルーを溶かして味見をする。
 俺のいつものカレーの味になっていることを確認してから、コメを洗って高速で炊き上げた。
 サチの方を見ると、サチは俺がいるから安心したのか、少しだけ笑みを浮かべているように見えた。
 ご飯が炊けるのを待ちながら、俺はサチの入院費工面の一覧を見ながら、近々病院に相談に行くことを決心した。
 どう考えても、すべての病院が前払い金を入れないと入院させてくれないとは思えないから、もし、後払いや分割払いでもいいという病院があるなら、先生には悪いけれど、病院を変えることも視野に入れて、サチが安心して手術を受けられるようにしなくてはいけないと、俺は心に決めた。
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