君のいた時を愛して~ I Love You ~
 薫子を見送ったコータは、足早にトイレに駆け込むと個室に入ってカギを閉めた。
 お金を借りた以上、額をきちんと確認しておく必要があるし、返す時まで金額と口座の情報をなくすわけにはいかないからだった。
 封筒を開けると、中からは帯封のされた一万円札の束と、ぴんぴんの新札が一つまみ入っていた。
 声を出さずにバラの新札をコータは数えた。しかし、新札は滑りが悪く、焦れば焦るほど一度に二枚、三枚と重ねてめくれてしまい、うまく数えることができなかった。それでも、なんとか数え切ったコータは、今まで一度も手にしたことがない百二十五万円という大金を手にしている実感と、なくしたらどうしようという恐怖に襲われた。
 お金を封筒に戻すと、コータは再び封筒を胸のポケットにしまい、ボタンを留めた。
 もうすぐ上がるので、スーツのジャケットを着ていたのが幸いした。もし、ワイシャツ姿だったら、コータはパニックで走り回ったり、叫んだりという、意味不明な行動をとってしまっていたかもしれない大金だった。
 まだまだ、予定額には足りなかったが、それでも、血のつながりもない、ほんの数日同じ屋根の下で暮らしただけの薫子が、自分の母と名乗って訪ねてきてくれたことがコータは嬉しかった。そして、自分の話を真剣に聞いて、サチのためにお金を都合してくれたことを心から感謝した。それと共に、自分のことをいまだに調べさせていながら、自分を家から叩き出した父、航への憎しみは募っていった。


 よく朝一番で、コータは銀行に行くと、サチの移植のために薫子が都合してくれた現金を口座に入金した。
 いくらサチが毎日部屋にいるとはいえ、あのボロアパートに大金を保管しておくのは不安だったし、もし、万が一なくなったりしたら、せっかくサチが築き上げたアパートのみんなとの友情にもひびを入れることになるので、コータは迷わず自分の口座にお金を入れた。
 本当は、定期にした方が少しでも利息が付くのではとも考えたが、いつお金が必要になるかわからない状態では、すぐに引き下ろせる普通預金に入れておく以外なかった。

☆☆☆

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