君のいた時を愛して~ I Love You ~
サチはアパートのみんなの協力を受け、俺の居ない時間を限りなく一人で過ごさないでいいようにしていた。というよりも、サチからターミナルケアに入ったことを説明されたおばさんたちは、号泣してサチに希望を持つように説得しようとしたが、結局、サチの石のような決意の前に、おばさん達もサチの気持ちを尊重するべきだと、逆に説き伏せられてしまった。
買い物、洗濯、アイロンがけ、食事の下ごしらえ、すべてアパートの仲間の助けを受けて、俺は何とか毎日の仕事をこなしていた。
下ごしらえと残されたメモに従い、料理を完成させるよりも何よりも、生きるということに執着しなくなったサチに食事を食べさせることの方が大変だった。
俺の頑張りに報いて、一口、二口は食べてくれるサチだったが、『お腹が減らなかったから』と言って、朝も、昼もろくに食べていないのに、夕食も三口、四口で『ごちそうさま』というサチは、もはや死を待っているというよりも、死を早めているようにしか見えなかった。
「サチ、先生に点滴してもらおう」
見かねて俺が言うと、サチは頭を横に振った。
「大丈夫。まだ、死なないから」
冗談なのか、本気なのかわからない言葉に、俺は諦めて形ばかりの冷凍庫で作った黄桃のアイスを取り出してサチに手渡した。
「なあに、これ?」
サチは不思議そうな顔をして、竹串に刺さった黄桃を見つめた。
「俺の死んだ母さんが、夏によく作ってくれたアイスだよ。冷たくて、美味しいよ」
俺の言葉に、サチはパクリと噛みついたものの、冷たさと固さで、慌てて口を開いた。
「これ、固い・・・・・・」
「そりゃ、凍ってるんだから固いよ。でも、美味しいから・・・・・・」
俺も取り出して、端の方から少しずつ噛んでというか、こさぎ取るようにして黄桃を口に入れた。
懐かしい味だった。俺一人で暮らしていたら、きっと、作ることはなかっただろうデザートだ。でも、何も食べないサチに少しでも食べてもらいたいという思いから、こっそり作っておいたデザートだった。
「冷たくて、美味しい・・・・・・」
サチの感想を聞きながら、俺は一緒に黄桃を頬張った母の顔を久しぶりに思い出した。
「I love you~」
それと同時に、母が時々歌っていた歌が口をついて出た」
「その曲、知ってる」
俺のうろ覚えの歌にサチがつぶやいた。
「たしか、その続きは、悲しい歌は聞きたくないって、曲だよね?」
サチの問いに、俺は歌いだしの『I love you』しか覚えていないことに気付いた。まだ小さい頃に、母さんが歌うから真似して歌うようになって、中学に入ってから、それが『愛してる』という意味だと知って、恥ずかしくて二度と歌わなくなったから、それが誰の何という曲かも母さんからは教えてもらわなかった。あの頃の俺は、恥ずかしくもなく、普通の顔をして『愛してる』なんて歌を歌う母さんが信じられなかったというか、恥ずかしかった。
「コータは、その曲歌えるの?」
サチは興味津々という目で俺を見た。
「いや、歌えない。っていうか、誰の歌かもしらない」
「そっか、もう一度、聞いてみたいな、その曲・・・・・・」
サチが寂しそうに言った。
「富田のおばさんとか、知ってそうだよね」
サチは久しぶりに目を輝かせて言った。
「じゃあ、今度訊いてみて、わかったら買いに行こうレコードじゃなくて、CDか・・・・・・」
「でも、うちにはステレオないよ。CD買っても、聞けないよ・・・・・・」
サチは笑顔で言った。
サチの言うとおり、生きるための最低限をモットーにしている俺とサチの部屋にはステレオなんて洒落たものは今もない。
「じゃあ、サチの仲良しのリサイクルショップのおばさんに頼んで、安いのを譲ってもらおう」
俺が言うと、サチが嬉しそうに微笑んだ」
「ねえ、コータ」
サチは少し照れた様子で言った。
「なに?」
「今度、あたしにお花プレゼントしてくれる?」
「花?」
「うん、花束。お花は何でもいいし、小さくていいの」
サチの言葉に、俺は首をひねった。
「普通、恋人にはバラって言われるけど、奥さんには何を贈るの?」
俺の間抜けな問いに、サチは『コータのバカ!』と言って手近にあったクッションで俺の頭を軽く叩いた。
「恋人にバラを贈るんなら、奥さんだってバラでしょ」
「そうなのか?」
「コータ、バラの花ことば知らないの?」
花言葉、そんなものがあるのは知っているが、よく分からないから、俺は適当に答えた。
「えーっと、好きとか?」
「ブブー! 赤いバラの花ことばは、あなたを愛してます」
「じゃあ、赤いバラ以外ダメってことじゃないか」
俺の言葉に、サチは頭を横に振った。
「特別に、コータは、黄色い花以外なら、何でもいいよ」
「黄色い花以外・・・・・・。わかった。今度、プレゼントするよ」
俺は言うと、サチに笑って見せた。
「ありがとう」
サチは言うと、ゆっくりと態勢を変え、ベッドに戻ろうとするので、俺はサチのかなり軽くなった体を持ち上げてベッドに横にならせた。
「俺、片付けるから、ちょっと横になって待ってて」
俺は言うと、卓袱台の上の皿を流しに運び、手早く洗って片づけた。それでも、俺が着替えてベッドに入るころにはサチは静かな寝息を立てていた。
俺はサチの寝顔を見つめながら、一日でも長くサチと一緒に居られるようにと願わずにはいられなかった。
☆☆☆
買い物、洗濯、アイロンがけ、食事の下ごしらえ、すべてアパートの仲間の助けを受けて、俺は何とか毎日の仕事をこなしていた。
下ごしらえと残されたメモに従い、料理を完成させるよりも何よりも、生きるということに執着しなくなったサチに食事を食べさせることの方が大変だった。
俺の頑張りに報いて、一口、二口は食べてくれるサチだったが、『お腹が減らなかったから』と言って、朝も、昼もろくに食べていないのに、夕食も三口、四口で『ごちそうさま』というサチは、もはや死を待っているというよりも、死を早めているようにしか見えなかった。
「サチ、先生に点滴してもらおう」
見かねて俺が言うと、サチは頭を横に振った。
「大丈夫。まだ、死なないから」
冗談なのか、本気なのかわからない言葉に、俺は諦めて形ばかりの冷凍庫で作った黄桃のアイスを取り出してサチに手渡した。
「なあに、これ?」
サチは不思議そうな顔をして、竹串に刺さった黄桃を見つめた。
「俺の死んだ母さんが、夏によく作ってくれたアイスだよ。冷たくて、美味しいよ」
俺の言葉に、サチはパクリと噛みついたものの、冷たさと固さで、慌てて口を開いた。
「これ、固い・・・・・・」
「そりゃ、凍ってるんだから固いよ。でも、美味しいから・・・・・・」
俺も取り出して、端の方から少しずつ噛んでというか、こさぎ取るようにして黄桃を口に入れた。
懐かしい味だった。俺一人で暮らしていたら、きっと、作ることはなかっただろうデザートだ。でも、何も食べないサチに少しでも食べてもらいたいという思いから、こっそり作っておいたデザートだった。
「冷たくて、美味しい・・・・・・」
サチの感想を聞きながら、俺は一緒に黄桃を頬張った母の顔を久しぶりに思い出した。
「I love you~」
それと同時に、母が時々歌っていた歌が口をついて出た」
「その曲、知ってる」
俺のうろ覚えの歌にサチがつぶやいた。
「たしか、その続きは、悲しい歌は聞きたくないって、曲だよね?」
サチの問いに、俺は歌いだしの『I love you』しか覚えていないことに気付いた。まだ小さい頃に、母さんが歌うから真似して歌うようになって、中学に入ってから、それが『愛してる』という意味だと知って、恥ずかしくて二度と歌わなくなったから、それが誰の何という曲かも母さんからは教えてもらわなかった。あの頃の俺は、恥ずかしくもなく、普通の顔をして『愛してる』なんて歌を歌う母さんが信じられなかったというか、恥ずかしかった。
「コータは、その曲歌えるの?」
サチは興味津々という目で俺を見た。
「いや、歌えない。っていうか、誰の歌かもしらない」
「そっか、もう一度、聞いてみたいな、その曲・・・・・・」
サチが寂しそうに言った。
「富田のおばさんとか、知ってそうだよね」
サチは久しぶりに目を輝かせて言った。
「じゃあ、今度訊いてみて、わかったら買いに行こうレコードじゃなくて、CDか・・・・・・」
「でも、うちにはステレオないよ。CD買っても、聞けないよ・・・・・・」
サチは笑顔で言った。
サチの言うとおり、生きるための最低限をモットーにしている俺とサチの部屋にはステレオなんて洒落たものは今もない。
「じゃあ、サチの仲良しのリサイクルショップのおばさんに頼んで、安いのを譲ってもらおう」
俺が言うと、サチが嬉しそうに微笑んだ」
「ねえ、コータ」
サチは少し照れた様子で言った。
「なに?」
「今度、あたしにお花プレゼントしてくれる?」
「花?」
「うん、花束。お花は何でもいいし、小さくていいの」
サチの言葉に、俺は首をひねった。
「普通、恋人にはバラって言われるけど、奥さんには何を贈るの?」
俺の間抜けな問いに、サチは『コータのバカ!』と言って手近にあったクッションで俺の頭を軽く叩いた。
「恋人にバラを贈るんなら、奥さんだってバラでしょ」
「そうなのか?」
「コータ、バラの花ことば知らないの?」
花言葉、そんなものがあるのは知っているが、よく分からないから、俺は適当に答えた。
「えーっと、好きとか?」
「ブブー! 赤いバラの花ことばは、あなたを愛してます」
「じゃあ、赤いバラ以外ダメってことじゃないか」
俺の言葉に、サチは頭を横に振った。
「特別に、コータは、黄色い花以外なら、何でもいいよ」
「黄色い花以外・・・・・・。わかった。今度、プレゼントするよ」
俺は言うと、サチに笑って見せた。
「ありがとう」
サチは言うと、ゆっくりと態勢を変え、ベッドに戻ろうとするので、俺はサチのかなり軽くなった体を持ち上げてベッドに横にならせた。
「俺、片付けるから、ちょっと横になって待ってて」
俺は言うと、卓袱台の上の皿を流しに運び、手早く洗って片づけた。それでも、俺が着替えてベッドに入るころにはサチは静かな寝息を立てていた。
俺はサチの寝顔を見つめながら、一日でも長くサチと一緒に居られるようにと願わずにはいられなかった。
☆☆☆