君のいた時を愛して~ I Love You ~
やっとアパートの前にたどり着くと、おばさん達に挟まれるようにして道路の真ん中に横たわっているサチの姿がコータの目に入った。
「サチ!」
コータが走りよると、富田のおばさんがサチの武勇伝を伝えてくれた。おばさんの話通り、サチは貴重品の入った袋を斜め掛けにしていた。
起き上がるのも助けがいるほど衰弱していたのに、サチが一人で荷物をぶら下げて階段を降り、さらにタンスの下敷きになったおじいさんを助けたなんて、まるでおとぎ話のようだった。しかし、サチの足元で泣きながらお礼を言う中村のおじいさんの姿が、それがおとぎ話ではなく現実の出来事だったことを証明していた。
コータはサチの体から貴重品の入ったバックを外し、その重さに疑問を感じながら、中にサチの薬が入っているかを確認しようと蓋を開けた。すると、中には薬だけでなく、フォトフレームとMP3プレーヤーにスピーカーまで入っていた。
(・・・・・・・・サチ、重いのに、フォトフレームまで持って逃げたのか・・・・・・・・)
電源を失ったフォトフレームは黒く何も映しはしなかったが、それを必死に持ち出したサチの想いはコータに痛いほど伝わった。
「サチ、サチ、サチ」
コータはサチを抱き寄せ、何度も名前を呼んだ。
寒さで冷え切った体に自分の上着を着せ、しっかりと抱きしめた。
「サチ、サチ、サチ」
コータは名前を呼びながら、冷えたサチの頬に自分の頬を寄せた。しかし、サチの意識が戻る気配はなかった。
「俺、サチを病院に連れていきます」
コータは言うと、貴重品入れを斜めにかけ、サチを抱き上げた。
「病院って、どこの?」
「とりあえず、佐伯先生のところに行きます」
コータは言うと、職場から走ってきたとは思えないスタミナで、サチを抱いてあおぞら内科クリニックを目指した。
住宅地を抜け、商店街に入ると、パニック状態は激しかった。電気が消え、ガラスが割れ、商店街の屋根のガラスも一部割れて落ちていた。人々は皆自分の事に精一杯で、サチを抱いて進むコータに助けを差し伸べる人も、声を掛ける人もなかった。なんとかアーケードを抜け、あおぞら内科クリニックのある医療ビルの近くまで行くと、ビルの外にコータは白衣の姿を見つけた。
「佐伯先生!」
コータの声に白衣を着た佐伯医師が振り向いた。
「中村さん」
驚いた佐伯医師は、コータの腕の中のサチに走り寄った。
「どうしたんですか?」
「自分は仕事で留守にしていたのですが、地震の後にアパートの外まで自力で避難して、そのあと、急に意識を失ったようなんです」
コータが説明する間も、佐伯医師はサチの脈を取り、いつもの習慣で首にかけていた聴診器でサチの呼吸音と心音を確かめた。
「自力で避難したとおっしゃいましたよね?」
「はい、しかも、タンスの下敷きになっていた老人の救助も手伝ったと聞きました」
コータの言葉に、佐伯医師はしばらく沈思した。
「停電のため、クリニックの機器は何も使えないんです。血圧くらいは血圧計を取りに行けば測ることはできると思いますが、それ以上のことは今は何もできないんです」
佐伯医師は、無力さに唇を噛みしめるようにして言った。
「ところで、救急車は呼びましたか?」
佐伯医師の問いに、コータは頭を横に振った。
「私の携帯は圏外で、確か商店街に公衆電話が・・・・・・」
佐伯医師に言われ、コータは公衆電話ボックス前にできていた長蛇の列を思い出した。
「すごい列でした」
「そうですよね。・・・・・・どなたか、携帯電話が使える方はいらっしゃいませんか?」
佐伯医師の言葉に、一緒にビルの外に逃げ出してきたと思われる患者や病院関係者がそれぞれ手にしている自分の携帯やスマートフォンを見つめては頭を横に振った。
「あ、自分のPHSがさっきは使えました・・・・・・」
「PHSはどちらのポケットですか?」
「右です」
「失礼します」
佐伯医師は一言断ってから、コータのポケットに手を入れPHSを取り出した。
さすがに一回ではつながらず、佐伯医師は何回かかけなおした。
「救急です。あおぞら内科クリニックの医師、佐伯と申します。白血病末期の患者なのですが、地震後のショックで意識不明のまま意識レベルが回復しないので、早急に受け入れを・・・・・・」
そこまで言ってから佐伯医師は沈黙した。
「わかりました」
電話を切った佐伯医師をコータは縋るような瞳で見つめた。
「救急車は出払っているそうです」
雷に打たれたような衝撃に、コータは言葉が出なかった。
「救急の要請も多数あるそうで、受け入れ先の病院も停電のせいで非常電源での稼働だったり、今現在、救急車の派遣もいつになるかわからないとのことでした。タクシーを捕まえて中嶋先生のところで診察をお願いする方が早いかもしれません」
佐伯医師の言葉に、コータは頭を下げて礼を言った。佐伯医師は手にしていたコータのPHSをコータの右のポケットに滑り込ませた。
「失礼します」
コータは言うと、サチを抱いたまま駅前のタクシー乗り場を目指して商店街のアーケードを戻った。
「サチ!」
コータが走りよると、富田のおばさんがサチの武勇伝を伝えてくれた。おばさんの話通り、サチは貴重品の入った袋を斜め掛けにしていた。
起き上がるのも助けがいるほど衰弱していたのに、サチが一人で荷物をぶら下げて階段を降り、さらにタンスの下敷きになったおじいさんを助けたなんて、まるでおとぎ話のようだった。しかし、サチの足元で泣きながらお礼を言う中村のおじいさんの姿が、それがおとぎ話ではなく現実の出来事だったことを証明していた。
コータはサチの体から貴重品の入ったバックを外し、その重さに疑問を感じながら、中にサチの薬が入っているかを確認しようと蓋を開けた。すると、中には薬だけでなく、フォトフレームとMP3プレーヤーにスピーカーまで入っていた。
(・・・・・・・・サチ、重いのに、フォトフレームまで持って逃げたのか・・・・・・・・)
電源を失ったフォトフレームは黒く何も映しはしなかったが、それを必死に持ち出したサチの想いはコータに痛いほど伝わった。
「サチ、サチ、サチ」
コータはサチを抱き寄せ、何度も名前を呼んだ。
寒さで冷え切った体に自分の上着を着せ、しっかりと抱きしめた。
「サチ、サチ、サチ」
コータは名前を呼びながら、冷えたサチの頬に自分の頬を寄せた。しかし、サチの意識が戻る気配はなかった。
「俺、サチを病院に連れていきます」
コータは言うと、貴重品入れを斜めにかけ、サチを抱き上げた。
「病院って、どこの?」
「とりあえず、佐伯先生のところに行きます」
コータは言うと、職場から走ってきたとは思えないスタミナで、サチを抱いてあおぞら内科クリニックを目指した。
住宅地を抜け、商店街に入ると、パニック状態は激しかった。電気が消え、ガラスが割れ、商店街の屋根のガラスも一部割れて落ちていた。人々は皆自分の事に精一杯で、サチを抱いて進むコータに助けを差し伸べる人も、声を掛ける人もなかった。なんとかアーケードを抜け、あおぞら内科クリニックのある医療ビルの近くまで行くと、ビルの外にコータは白衣の姿を見つけた。
「佐伯先生!」
コータの声に白衣を着た佐伯医師が振り向いた。
「中村さん」
驚いた佐伯医師は、コータの腕の中のサチに走り寄った。
「どうしたんですか?」
「自分は仕事で留守にしていたのですが、地震の後にアパートの外まで自力で避難して、そのあと、急に意識を失ったようなんです」
コータが説明する間も、佐伯医師はサチの脈を取り、いつもの習慣で首にかけていた聴診器でサチの呼吸音と心音を確かめた。
「自力で避難したとおっしゃいましたよね?」
「はい、しかも、タンスの下敷きになっていた老人の救助も手伝ったと聞きました」
コータの言葉に、佐伯医師はしばらく沈思した。
「停電のため、クリニックの機器は何も使えないんです。血圧くらいは血圧計を取りに行けば測ることはできると思いますが、それ以上のことは今は何もできないんです」
佐伯医師は、無力さに唇を噛みしめるようにして言った。
「ところで、救急車は呼びましたか?」
佐伯医師の問いに、コータは頭を横に振った。
「私の携帯は圏外で、確か商店街に公衆電話が・・・・・・」
佐伯医師に言われ、コータは公衆電話ボックス前にできていた長蛇の列を思い出した。
「すごい列でした」
「そうですよね。・・・・・・どなたか、携帯電話が使える方はいらっしゃいませんか?」
佐伯医師の言葉に、一緒にビルの外に逃げ出してきたと思われる患者や病院関係者がそれぞれ手にしている自分の携帯やスマートフォンを見つめては頭を横に振った。
「あ、自分のPHSがさっきは使えました・・・・・・」
「PHSはどちらのポケットですか?」
「右です」
「失礼します」
佐伯医師は一言断ってから、コータのポケットに手を入れPHSを取り出した。
さすがに一回ではつながらず、佐伯医師は何回かかけなおした。
「救急です。あおぞら内科クリニックの医師、佐伯と申します。白血病末期の患者なのですが、地震後のショックで意識不明のまま意識レベルが回復しないので、早急に受け入れを・・・・・・」
そこまで言ってから佐伯医師は沈黙した。
「わかりました」
電話を切った佐伯医師をコータは縋るような瞳で見つめた。
「救急車は出払っているそうです」
雷に打たれたような衝撃に、コータは言葉が出なかった。
「救急の要請も多数あるそうで、受け入れ先の病院も停電のせいで非常電源での稼働だったり、今現在、救急車の派遣もいつになるかわからないとのことでした。タクシーを捕まえて中嶋先生のところで診察をお願いする方が早いかもしれません」
佐伯医師の言葉に、コータは頭を下げて礼を言った。佐伯医師は手にしていたコータのPHSをコータの右のポケットに滑り込ませた。
「失礼します」
コータは言うと、サチを抱いたまま駅前のタクシー乗り場を目指して商店街のアーケードを戻った。