君のいた時を愛して~ I Love You ~
 やっとたどり着いた駅前のロータリーに車はまばらだったが、タクシー乗り場にタクシーは一台もいなかった。
 まだ、三時台なので明るかったが、冬場の太陽は釣る瓶落とし、一旦暗くなり始めたら、停電している街は漆黒の闇に包まれることになる。
 駅から漏れ聞こえるアナウンスが首都圏の公共交通機関が完全に麻痺していることを伝えていたので、コータは駅前のタクシー乗り場をあきらめ、交通量の多い幹線道路を目指して歩いた。


 幹線道路を走る車は停電で信号機が動作していないので、減速して走っていたが、空車のタクシーは見つからなかった。
 このままでは、冷たい風に曝され、サチの体が冷え切るだけでなく、命の炎が消えてしまいそうな気がして、コータの瞳から涙が溢れた。

(・・・・・・・・俺、なんで今日、仕事なんかに行ったんだろう。あんなにサチが嫌がったのに。サチが俺に仕事に行かないでくれなんて頼んだの、これが初めてだったのに。俺は、なんでサチを残して仕事に行ったんだろう・・・・・・・・)

 コータは自分で自分が許せなかった。
 涙をあふれさせながら、コータは通りを走る車に向かって声をあげた。
「だれか、だれか助けてください! お願いです、助けてください!」
 周りの人が驚いたように振り向いてコータの事を見つめた。しかし、停まってくれる車はいなかった。
「お願いです。だれか、だれか助けてください! サチを、サチを病院に連れていきたいんです!」
 絶叫しながらコータは、力尽きたようにその場に膝をついた。
「お願いです。助けてください!」
 何度も繰り返し叫ぶコータの肩に誰かが手を置いた。
「車だしますよ。どこの病院ですか?」
 コータはゆっくりと声のした方に顔を向けた。
「いま、車を出します」
 男性は言うと、幹線道路に面した家の敷地の中に一旦姿を消した。
 車を出してくれると、声を掛けてくれた男性は、コータの絶叫が聞こえた幹線道路沿いの住人で、すぐに車をコータの目の前に停めて後部座席の扉を開けてくれた。
「場所をナビに設定しますから、病院名を教えてください」
 男性に促され、コータは病院名を告げた。
 男性は、エンジンが温まるのを待つ間、家から持ってきてくれた毛布をコータに渡し、サチだけでなく、コータ自身も冷え切った体を温めるように言った。そして、エンジンが温まると、ヒーターを全開にして車内を温めてくれた。
 段々にサチの顔色が良くなっていった。
 都心に向かう道を進むうちに、電力が復旧したのか、それとも停電していなかったのか、信号だけでなく店にも明かりが戻るとともに、車の走るスピードが一気に速くなった。

 名乗りあうこともなく、ナビの指示に従って車を運転し続ける男性の車は、病院につくと救急の案内表示に従って病院の敷地内に入ろうとしたが、既に敷地一杯まで救急車が連なり、敷地に入ることができないことを確認すると、男性は車を道路わきに停めた。
「救急車が詰まっていて、敷地内には入れません。ここからは、徒歩で奥さんを運んだ方が早いでしょう」
 男性は言うと、シートベルトを外した。車いすを借りてきますから、降りる準備をしていてください。そして、そのままコータの返事を待たずに男性はエンジンをかけたままの車から降りると、病院の入口に向かって道路を横断していった。
 しかし、しばらくして戻ってきた男性は、手ぶらだった。
「病院のスタッフに交渉したのですが、院外への車いすの貸し出しはできないと断られてしまいました。本当に申し訳ない」
 自分のせいでもないのに謝る男性に、コータは心からお礼を言った。
「大丈夫です。自分が抱いていきます」
 そう言ってブランケットをはがそうとするコータの手を男性が止めた。
「そのままで」
「では、後程、お礼に伺う時にお返しします」
「奥様をお大事に」
 男性は言うと、コータがサチを抱いて病院の中に姿を消すまで、その場から二人を見守り続けた。


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