君のいた時を愛して~ I Love You ~
十三
寒さの中、薄着のサンタクロース姿でケーキをイブ、クリスマス当日、そして日曜日の二十六日と、計三日に渡り売り続けた俺は、半分風邪ひき状態でお役ごめんとなった。
最初の話では、二日だけだったのだが、今年は二十六日が日曜日と言うことで、急遽、一日追加の三日間のサンタクロース売り子にされたのだ。正直、くじに負けたのは自分なので、文句のいいようもないが、くじ引きの後小躍りで逃げて行った学生バイトは、たぶんそのことを予想していたのだろう。
二十六日の夜は、総出で年末年始向けの商品展開に入れ替えるため、店内改装の勢いで商品を棚から下ろし、倉庫の中の在庫と入れ替える作業が行われたが、サンタクロース売り子の特権で俺はそそくさと帰宅した。
定食屋も、流石にクリスマスは忘年会もなく、週末は休みなので、サチの作った温かいシチューと洒落たフランスパンで一日遅いクリスマスを二人で過ごし、話は明後日に迫ったクリスマス・ディナーでもりあがった。
「コータは何を着ていくの?」
サチの問いに、俺は就職活動用のスーツとワイシャツ、それに遊び心も何もないストライプのどちらかと言えばダサいネクタイを見せた。
「なんか、スゴいリクルート姿!」
サチは、ツボにはまったらしく、お腹を抱えて笑い転げた。
「じゃあ、サチはなにを着ていくんだ?」
俺は少し不機嫌そうにサチに問いかけた。
「ん、あたし? あたしはこれかな?」
サチは可愛い花柄のワンピースを見せた。
「それ、どうしたんだ?」
始めてみるワンピースに、俺はビックリして問いかけた。
「バイト代入ったから、近くのリサイクルショップで買っちゃった。でも、靴はイマイチなパンプスしか合うのがなかったんだよね」
サチは残念そうにいうと、指を三本たてて見せた。
「えっ、三万?」
俺はギョッとして問いかけた。
「まさか! 三千円だよ~」
サチは笑いながら答えた。
バイト代が入ったのなら、そこまで節約しなくても、サチは自分のものを買っても良いのにと思いながらも、俺は何故かそれを口に出せずにいた。
「それから、これはコータへのプレゼント・・・・・・」
サチは言うと、笑顔で小さな包みを差し出した。
俺はというと、サチとのクリスマス・ディナーの値段が不安なのと、サチがなにを喜ぶかがわからず、未だにサチのプレゼントを買えずにいた。
「えっ、俺の分?」
「そうだよ、あたしがコータ以外の誰にプレゼント買うっていうのよ!」
サチは唇を尖らせてみせる。
「えっと、大将とか?」
「なんで?」
「いや、なんとなく」
「あたし、オヤジが好きな訳じゃないよ・・・・・・」
ますます、サチの紀元を損ねたらしい。
「いや、サチなら、お世話になったお礼にプレゼント位送るかと思っただけだけど。深い意味はない・・・・・・」
俺の言葉に納得という顔をして、サチは笑顔を取り戻した。
「大将には、新年にお年賀渡した方が良いかなって思ってるんだ。コータと二人で」
「二人で? 俺と?」
「そう、実はクリスマス・ディナーする仲なんですって、カミングアウトしちゃおうかなって・・・・・・」
「なんで?」
俺の問いに、サチは少し困ったような表情を浮かべた。
「夜の方のメンバーの一人から、クリスマス前に告白されたんだ・・・・・・」
サチは可愛いし、あの男ばかりの職場なら、あり得ないことではなかった。単に、昼は忙しすぎて、そんな余裕がないだけだ。ただ、入った時に大将から俺の友達と説明があったこともあり、昼のメンバーは多かれ少なかれ、俺とサチの仲がただの友達ではないのではないかと疑っている。まあ、毎日一緒に出勤しているわけだし、知っているかどうかは分からないが、同じ建物に住んでいるんだから、疑われても仕方がない。
「だから、二人で年始の挨拶にいって、大将に結婚を前提に交際中ですアピールしておいたら、良いかなって・・・・・・」
サチの言葉に、俺は返事をできずにいた。
確かに、俺とサチは成り行き上、一緒に暮らしている。同じ部屋で、寝るのも同じベッドだが、二人の間に何かがあったわけではない。だから、サチが俺に気兼ねして、新しい関係に踏み出すのを妨害するつもりは俺にはない。
「その人、サチの好みじゃないのか?」
俺の言葉に、サチは驚いたような表情を浮かべた。
「コータ、それどういう意味?」
「いや、もし、サチがその人のこと気になるなら、俺が身を引くって言うか、わざわざ俺との関係を公にしない方が良いんじゃないかって思っただけだよ・・・・・・」
「コータのバカ!」
サチは言うと、クリスマスプレゼントの包みで俺の頭を思いっきり殴ってから、上着も着ないまま、お風呂セットを手に部屋から走り出ていった。
俺は頭に叩きつけられた柔らかい感触に、慌てて包みを開いた。
中には、雪降る夜の雪だるまとトナカイがひくソリに乗ったサンタクロースが派手ではなく、お洒落に描かれたネクタイが入っていた。
多分サチは、俺の持っているネクタイとスーツがお洒落なクリスマス・ディナーには相応しくないと思って、わざわざ用意してくれていたのだろう。
俺は慌てて火の元を確認すると、上着を片手に部屋を出てサチを追いかけた。
「サチ!」
サチの背中に声をかけながら、俺は速度を上げた。
サチの背中は悲しそうで、俺は一気にサチとの距離を縮めると、サチを背中から抱きしめた。
「サチ、ごめん。それから、プレゼントありがとう」
俺の言葉にサチがコクリと頷いた。
「サチ、俺、サチのプレゼントまだ買ってないから、ディナーの日に買いに行こう」
サチが俺の腕の中で何度も無言で頷いた。
上着も着ないで出てきたサチの体を温めるように、俺は自分の上着の中にサチを招き入れて包みこんだ。
俺は、サチが俺のことを好きでいてくれることを知っていたのに、無神経にサチを傷つけてしまう。
自分の心に素直になれば、俺だって、サチのいない生活なんてもう考えられない。それくらい、俺とサチはお互いに互いの人生の一部になっているのに、臆病な俺が踏み出せないから、未だに俺とサチはただの同居人でいる。
「サチ、俺・・・・・・」
自分の気持ちを伝えようと口を開いたのに、美月との苦い思い出が鉛のように重く俺の胸と喉を押しつぶす。
本心を口にしてしまったら、俺はサチを失うことに耐えられなくなる。
でも、自分の気持ちを隠したままなら、サチが俺に愛想を尽かして出て行っても、俺はまだ耐えられる。そんな考えが臆病な俺の決心を鈍らせる。
「早くいかないと、銭湯閉まっちゃうよ」
サチの言葉に救われ、サチに促されて、臆病な俺は気持ちを口にしないままゆるゆると歩き出した。
「コータ温かい。冬場は、今度からこうやって銭湯にこようか」
何もなかったように、サチが言う。
オレのことを卑怯者となじってもいいのに、サチは優しく俺の手を握ってくれる。
「ねぇ、今日は贅沢ついでにお風呂の後にオレンジジュース飲んじゃおうか?」
「からだ冷えないか? サチ、それでなくても部屋につく頃には冷たいのに」
俺は、サチに助けられ、何もなかったように答える。
「そうしたら、コータが温めてくれるでしょ」
サチの言葉に、俺は意味を深読みしてドギマギする。
「温めてくれなかったら、コータの足に、冷え冷えのあたしの足をくっつけて温めてもらうからいいよ」
サチは言うと、俺の腕をすり抜け暖簾をくぐる。
「こんばんは、おばさん」
「あら、さっちゃん、今日は遅いわね」
「じゃあ、早くあがりますね」
「いいわよ、ゆっくり暖まって来なさい」
サチと銭湯の女将さんの会話が聞こえてくる。
俺は、何年も通っていたのに、ろくな会話もした覚えがない。
たぶん、女将さんも俺の名前なんて知らないだろう。でも、サチは違う。サチは居るだけでその場を明るくして、皆に溶け込んでいく。
そんなサチのそばにいるのが俺でいいのか?
俺は、何度も考えた疑問を再び思い起こして自分に問いかける。
サチは、もっと経済力があって、サチを幸せにしてくれる男の元に行くべきじゃないのか? 本当に、愛していたら、貧しさも苦しくないと言い切れるのか?
俺はゆっくりと暖簾をくぐった。
「さっちゃんなら、さっき入ったわよ」
女将さんの言葉に俺は驚いて顔を上げた。
「もう暖簾はおろしちゃうけど、寒いからゆっくり暖まってきなさいね」
女将は言うと、番台から降りて暖簾を片づけ始めた。
「ありがとうございます」
俺はお礼を言うと、男湯の扉を開けた。
最初の話では、二日だけだったのだが、今年は二十六日が日曜日と言うことで、急遽、一日追加の三日間のサンタクロース売り子にされたのだ。正直、くじに負けたのは自分なので、文句のいいようもないが、くじ引きの後小躍りで逃げて行った学生バイトは、たぶんそのことを予想していたのだろう。
二十六日の夜は、総出で年末年始向けの商品展開に入れ替えるため、店内改装の勢いで商品を棚から下ろし、倉庫の中の在庫と入れ替える作業が行われたが、サンタクロース売り子の特権で俺はそそくさと帰宅した。
定食屋も、流石にクリスマスは忘年会もなく、週末は休みなので、サチの作った温かいシチューと洒落たフランスパンで一日遅いクリスマスを二人で過ごし、話は明後日に迫ったクリスマス・ディナーでもりあがった。
「コータは何を着ていくの?」
サチの問いに、俺は就職活動用のスーツとワイシャツ、それに遊び心も何もないストライプのどちらかと言えばダサいネクタイを見せた。
「なんか、スゴいリクルート姿!」
サチは、ツボにはまったらしく、お腹を抱えて笑い転げた。
「じゃあ、サチはなにを着ていくんだ?」
俺は少し不機嫌そうにサチに問いかけた。
「ん、あたし? あたしはこれかな?」
サチは可愛い花柄のワンピースを見せた。
「それ、どうしたんだ?」
始めてみるワンピースに、俺はビックリして問いかけた。
「バイト代入ったから、近くのリサイクルショップで買っちゃった。でも、靴はイマイチなパンプスしか合うのがなかったんだよね」
サチは残念そうにいうと、指を三本たてて見せた。
「えっ、三万?」
俺はギョッとして問いかけた。
「まさか! 三千円だよ~」
サチは笑いながら答えた。
バイト代が入ったのなら、そこまで節約しなくても、サチは自分のものを買っても良いのにと思いながらも、俺は何故かそれを口に出せずにいた。
「それから、これはコータへのプレゼント・・・・・・」
サチは言うと、笑顔で小さな包みを差し出した。
俺はというと、サチとのクリスマス・ディナーの値段が不安なのと、サチがなにを喜ぶかがわからず、未だにサチのプレゼントを買えずにいた。
「えっ、俺の分?」
「そうだよ、あたしがコータ以外の誰にプレゼント買うっていうのよ!」
サチは唇を尖らせてみせる。
「えっと、大将とか?」
「なんで?」
「いや、なんとなく」
「あたし、オヤジが好きな訳じゃないよ・・・・・・」
ますます、サチの紀元を損ねたらしい。
「いや、サチなら、お世話になったお礼にプレゼント位送るかと思っただけだけど。深い意味はない・・・・・・」
俺の言葉に納得という顔をして、サチは笑顔を取り戻した。
「大将には、新年にお年賀渡した方が良いかなって思ってるんだ。コータと二人で」
「二人で? 俺と?」
「そう、実はクリスマス・ディナーする仲なんですって、カミングアウトしちゃおうかなって・・・・・・」
「なんで?」
俺の問いに、サチは少し困ったような表情を浮かべた。
「夜の方のメンバーの一人から、クリスマス前に告白されたんだ・・・・・・」
サチは可愛いし、あの男ばかりの職場なら、あり得ないことではなかった。単に、昼は忙しすぎて、そんな余裕がないだけだ。ただ、入った時に大将から俺の友達と説明があったこともあり、昼のメンバーは多かれ少なかれ、俺とサチの仲がただの友達ではないのではないかと疑っている。まあ、毎日一緒に出勤しているわけだし、知っているかどうかは分からないが、同じ建物に住んでいるんだから、疑われても仕方がない。
「だから、二人で年始の挨拶にいって、大将に結婚を前提に交際中ですアピールしておいたら、良いかなって・・・・・・」
サチの言葉に、俺は返事をできずにいた。
確かに、俺とサチは成り行き上、一緒に暮らしている。同じ部屋で、寝るのも同じベッドだが、二人の間に何かがあったわけではない。だから、サチが俺に気兼ねして、新しい関係に踏み出すのを妨害するつもりは俺にはない。
「その人、サチの好みじゃないのか?」
俺の言葉に、サチは驚いたような表情を浮かべた。
「コータ、それどういう意味?」
「いや、もし、サチがその人のこと気になるなら、俺が身を引くって言うか、わざわざ俺との関係を公にしない方が良いんじゃないかって思っただけだよ・・・・・・」
「コータのバカ!」
サチは言うと、クリスマスプレゼントの包みで俺の頭を思いっきり殴ってから、上着も着ないまま、お風呂セットを手に部屋から走り出ていった。
俺は頭に叩きつけられた柔らかい感触に、慌てて包みを開いた。
中には、雪降る夜の雪だるまとトナカイがひくソリに乗ったサンタクロースが派手ではなく、お洒落に描かれたネクタイが入っていた。
多分サチは、俺の持っているネクタイとスーツがお洒落なクリスマス・ディナーには相応しくないと思って、わざわざ用意してくれていたのだろう。
俺は慌てて火の元を確認すると、上着を片手に部屋を出てサチを追いかけた。
「サチ!」
サチの背中に声をかけながら、俺は速度を上げた。
サチの背中は悲しそうで、俺は一気にサチとの距離を縮めると、サチを背中から抱きしめた。
「サチ、ごめん。それから、プレゼントありがとう」
俺の言葉にサチがコクリと頷いた。
「サチ、俺、サチのプレゼントまだ買ってないから、ディナーの日に買いに行こう」
サチが俺の腕の中で何度も無言で頷いた。
上着も着ないで出てきたサチの体を温めるように、俺は自分の上着の中にサチを招き入れて包みこんだ。
俺は、サチが俺のことを好きでいてくれることを知っていたのに、無神経にサチを傷つけてしまう。
自分の心に素直になれば、俺だって、サチのいない生活なんてもう考えられない。それくらい、俺とサチはお互いに互いの人生の一部になっているのに、臆病な俺が踏み出せないから、未だに俺とサチはただの同居人でいる。
「サチ、俺・・・・・・」
自分の気持ちを伝えようと口を開いたのに、美月との苦い思い出が鉛のように重く俺の胸と喉を押しつぶす。
本心を口にしてしまったら、俺はサチを失うことに耐えられなくなる。
でも、自分の気持ちを隠したままなら、サチが俺に愛想を尽かして出て行っても、俺はまだ耐えられる。そんな考えが臆病な俺の決心を鈍らせる。
「早くいかないと、銭湯閉まっちゃうよ」
サチの言葉に救われ、サチに促されて、臆病な俺は気持ちを口にしないままゆるゆると歩き出した。
「コータ温かい。冬場は、今度からこうやって銭湯にこようか」
何もなかったように、サチが言う。
オレのことを卑怯者となじってもいいのに、サチは優しく俺の手を握ってくれる。
「ねぇ、今日は贅沢ついでにお風呂の後にオレンジジュース飲んじゃおうか?」
「からだ冷えないか? サチ、それでなくても部屋につく頃には冷たいのに」
俺は、サチに助けられ、何もなかったように答える。
「そうしたら、コータが温めてくれるでしょ」
サチの言葉に、俺は意味を深読みしてドギマギする。
「温めてくれなかったら、コータの足に、冷え冷えのあたしの足をくっつけて温めてもらうからいいよ」
サチは言うと、俺の腕をすり抜け暖簾をくぐる。
「こんばんは、おばさん」
「あら、さっちゃん、今日は遅いわね」
「じゃあ、早くあがりますね」
「いいわよ、ゆっくり暖まって来なさい」
サチと銭湯の女将さんの会話が聞こえてくる。
俺は、何年も通っていたのに、ろくな会話もした覚えがない。
たぶん、女将さんも俺の名前なんて知らないだろう。でも、サチは違う。サチは居るだけでその場を明るくして、皆に溶け込んでいく。
そんなサチのそばにいるのが俺でいいのか?
俺は、何度も考えた疑問を再び思い起こして自分に問いかける。
サチは、もっと経済力があって、サチを幸せにしてくれる男の元に行くべきじゃないのか? 本当に、愛していたら、貧しさも苦しくないと言い切れるのか?
俺はゆっくりと暖簾をくぐった。
「さっちゃんなら、さっき入ったわよ」
女将さんの言葉に俺は驚いて顔を上げた。
「もう暖簾はおろしちゃうけど、寒いからゆっくり暖まってきなさいね」
女将は言うと、番台から降りて暖簾を片づけ始めた。
「ありがとうございます」
俺はお礼を言うと、男湯の扉を開けた。