君のいた時を愛して~ I Love You ~
スーパーの従業員通路を抜け、俺はまっすぐに外を目指した。
「お疲れ様です」
 受付の所で一声かけると、俺は逆に呼び止められた。
「今年も、もう終わりね」
「そうですね」
 俺は可もなく不可もない答えを返す。
「シフト見たと思うけど、今年もやるんですって、元旦から初売り」
「確か、今年から一日営業するんですよね」
「来年からね」
「あ、そうですね。仕事で年末年始の休みがないと、つい、今年の続きみたいな気がしちゃいますね」
 実際、定食屋は二十七日から新年の八日まで年末年始のお休みで仕事がないが、このスーパーときたら、やる気がありすぎて大晦日まで営業した上、初売りとして元旦から営業するため、お正月がいつ来るのか、毎年忘れてしまうほどだ。それでも、今年までは初売りと呼ばれるセールは二日からだったし、それも一日ではなかった。しかし、来年からは近隣のライバル店に対抗するために元旦から一日開けることにしたらしい。
「しかも一日でしょ、お正月で親戚が来るのに、休ませてもらえないし、困っちゃうわ」
「主婦は大変ですよね。俺は自炊って言っても一年中簡単な物しか食べないですから、お正月とか分からないですけど」
「おせちなんて作ってる時間ないわよ。だから、全部お店で買って帰るだけよ。それをさも自分で作りましたって顔をしてお重に詰めるだけ。そうしないと、親戚からぶつぶつ言われるから」
「今年じゃなかった、来年はお正月お休みじゃないんですか?」
「そうなの。毎年二日をお休み貰っていたでしょ。そうしたら、不公平だから、来年の元旦をでてくれって店長からいわれたのよ」
「そうなんですね。パートさんも大変ですね」
「そんなこと言ったら、クリスマスケーキ売らされて、正月飾りまで外で売らされた・・・・・・」
 パートさんは、見回りに来た店長の姿を見つけたらしく、急に言葉を切った。
「お仕事ご苦労様です」
「お疲れ様です」
 俺は挨拶をすると、一礼して店を後にした。
 ドアー一枚とは言え、隔てた屋内はそれなりに暖かかったが、外に出た途端、寒風に吹き上げられ、俺は薄い上着をかき寄せた。
 見上げると、雲一つない冬の空では星が綺麗に輝いていた。
 スーパーを離れ、住宅街に進んでいくと、昼間に寄ったリサイクルショップが目の端に入った。
 何となく立ち止まってショップの方に目を向けると、遠くて良く見えないが、大きく『初売りは八日から』と書かれていた。
 きっと、サチは早くベッドを買いたかっただろうに、俺は明日なんて言ったから、年明け八日まであのギシギシと軋んで、スプリングが痛いベッドに寝る羽目になってしまった。
「サチ、怒るかな・・・・・・」
 俺は呟きながら、角のコンビニに入り約束したベッドの代金と生活費を引き下ろした。
 コンビニのATMは便利だが、俺みたいな貧乏人には手数料が高い。かといって、銀行まで行くとなると、定食屋の後、部屋に戻らず銀行に行かないと距離があるし、スーパーの仕事が終わってからでは閉まってしまう。
 コンビニで暖を取った俺は、再び部屋を目指して歩き始めた。
 家々の玄関には正月飾りが飾られ、温かい光がカーテンの隙間から漏れ出てきている。

(・・・・・・・・俺にもいつか、あんな風に温かい家庭が持てる日がくるのか?・・・・・・・・)

 俺の妄想では、サチが微笑み、俺が微笑み返し、狭いけど小綺麗な部屋に暮らしていた。しかし、次の瞬間、美月の冷たい笑みが脳裏を掠めた。
 それは、俺のような人間に幸せになる権利はないとでも言っているようだった。

(・・・・・・・・俺が何をしたって言うんだ? 頼む美月、もう俺を開放してくれ! 俺は真剣に美月との結婚を考えて、一生懸命お金を貯めていたんだ。でも、もともと生活レベルの違う美月と交際するには、それなりの出費もあって、俺一人が悪いわけじゃない! 美月だって、働いていたんだから、本当に俺と結婚する気があったんなら、自分だってお金を貯めて、二人で出し合おうって言ってくれればよかったんだ。それなのに、なんで俺だけが悪いんだ? どうして、俺が嘘つきになるんだ? 美月、お前は本当に俺との未来を考えてくれていたのか? 俺は、サチと幸せになりたいんだ!・・・・・・・・)

 俺は夜空に叫ぶように、心の中で叫んだ。
 俺にもわかっている。美月が悪いんじゃない。ただ、俺が臆病なだけなんだと。
 凍えるような星々が俺を勇気づけるように、光を降り注いでくれる。
 帰ろう、サチの待つ部屋に。俺の部屋に。

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