君のいた時を愛して~ I Love You ~
食事を終えると、再び昨夜のガタイのいい男が姿を現した。
正直、肉体派でも、バトル派でもない俺としては、あの男を相手に勝てる気は全くしなかった。
「幸多さん」
俺が逃げる方法を考えあぐねていると、薫子さんが話しかけてきた。
「今日一日、航さんをお父さんだと思ってあげて。幸多さんが、自分の話に聞く耳をもってくくれているとわかれば、航さんも無茶なことはしなくなると思うの。お願い、今日一日」
薫子さんが言葉をつづけようとした時『幸多来なさい』という声に呼ばれ、俺は仕方なく父と名乗る人に続いて車に乗り込んだ。
昨夜の説明通り、俺は高級そうな店に連れていかれると、ワイシャツにスーツ、靴下に靴、それからコートまで一式揃えて貰い、有無を言わせず床屋に放り込まれた。
昨日から髭を剃っていないのだから、生えてくるものはどうしようもないと、俺が割り切っていると、床屋のおやじはいきなり俺の髪にはさみを入れた。
「ちょっと!」
俺が声をかけた次の瞬間、バサリと俺の髪の気が床に落ちてくのが鏡越しに見えた。
俺は仕方なく、そのまま、されるがままにすることにした。
高級なスーツ一式を買ったくらいだから、じっとしていてもピンクのモヒカンやオレンジのアフロにされる心配はないと、腹を括ったこともあるし、出かけに薫子さんから頼まれたことを思い出したからだった。
丁寧にブラシで首筋や襟についた毛をはらってもらい、俺は改めて鏡に映る自分を見つめた。
買ったばかりの襟の固いワイシャツと高いスーツに身を包んだ俺は、床屋に行く費用をケチって伸ばしたままだったボサボサ気味の髪は短すぎない長さできっちりとカットされ、どこから見ても立派なビジネスマンに見えた。
「いいか、よく覚えておきなさい。社会人と言うものは、背負う責任に見合う身なりをしている必要があるんだ」
(・・・・・・・・俺が背負う責任? 俺が背負うのは、サチだけだ。サチとのこれからの生活。それ以外の責任なんて、背負うつもりはない・・・・・・・・)
「男と言うものは、良き妻を迎え、家庭を持ち、社会の一部となる。そして、責任ある仕事をして、世の中を、そして世界を動かしていくんだ。わかったか?」
俺は、この人に何を言われても、それを俺が理解することはできないだろうと思いながら、俺の両肩に手を置き、鏡に映っている俺によく似た誰かこそが自分の息子だと信じている可哀そうな男の面差しが俺によく似ていることに気づいた。しかし、俺に似た誰かを愛しそうに見つめている俺に似た男は、俺がかつて憧れ、思い描いていた母を愛し、母と俺を大切にして、俺の成長を見守ってくれたはずの父のイメージとは似ても似つかなかった。
その時、俺は悟った。
俺が、この人の望む息子になれないように、この人も俺の望む父にはなれないのだと。
「まったく、髪の毛はボサボサ、着ていくスーツもないでは、出勤すらできないからな。まったく、入社初日から重役出勤とは、先が思いやられる」
俺には意味の分からないことを言いながら、父は俺を急かして車に乗せた。
車はしばらく走り、見上げるほど高いビルの前で俺たちを降ろした。
ガラスで出来た塔のような印象を与えるビルに向かう父に続き、俺は一日だけの息子を演じる決心を固めた。
この人が、俺の望む父になれないなら、俺は自力でサチのもとに戻らなくてはいけないから。
サチの元に戻るためなら、どんな猿回しみたいな芸だって俺はやって見せる。
☆☆☆
正直、肉体派でも、バトル派でもない俺としては、あの男を相手に勝てる気は全くしなかった。
「幸多さん」
俺が逃げる方法を考えあぐねていると、薫子さんが話しかけてきた。
「今日一日、航さんをお父さんだと思ってあげて。幸多さんが、自分の話に聞く耳をもってくくれているとわかれば、航さんも無茶なことはしなくなると思うの。お願い、今日一日」
薫子さんが言葉をつづけようとした時『幸多来なさい』という声に呼ばれ、俺は仕方なく父と名乗る人に続いて車に乗り込んだ。
昨夜の説明通り、俺は高級そうな店に連れていかれると、ワイシャツにスーツ、靴下に靴、それからコートまで一式揃えて貰い、有無を言わせず床屋に放り込まれた。
昨日から髭を剃っていないのだから、生えてくるものはどうしようもないと、俺が割り切っていると、床屋のおやじはいきなり俺の髪にはさみを入れた。
「ちょっと!」
俺が声をかけた次の瞬間、バサリと俺の髪の気が床に落ちてくのが鏡越しに見えた。
俺は仕方なく、そのまま、されるがままにすることにした。
高級なスーツ一式を買ったくらいだから、じっとしていてもピンクのモヒカンやオレンジのアフロにされる心配はないと、腹を括ったこともあるし、出かけに薫子さんから頼まれたことを思い出したからだった。
丁寧にブラシで首筋や襟についた毛をはらってもらい、俺は改めて鏡に映る自分を見つめた。
買ったばかりの襟の固いワイシャツと高いスーツに身を包んだ俺は、床屋に行く費用をケチって伸ばしたままだったボサボサ気味の髪は短すぎない長さできっちりとカットされ、どこから見ても立派なビジネスマンに見えた。
「いいか、よく覚えておきなさい。社会人と言うものは、背負う責任に見合う身なりをしている必要があるんだ」
(・・・・・・・・俺が背負う責任? 俺が背負うのは、サチだけだ。サチとのこれからの生活。それ以外の責任なんて、背負うつもりはない・・・・・・・・)
「男と言うものは、良き妻を迎え、家庭を持ち、社会の一部となる。そして、責任ある仕事をして、世の中を、そして世界を動かしていくんだ。わかったか?」
俺は、この人に何を言われても、それを俺が理解することはできないだろうと思いながら、俺の両肩に手を置き、鏡に映っている俺によく似た誰かこそが自分の息子だと信じている可哀そうな男の面差しが俺によく似ていることに気づいた。しかし、俺に似た誰かを愛しそうに見つめている俺に似た男は、俺がかつて憧れ、思い描いていた母を愛し、母と俺を大切にして、俺の成長を見守ってくれたはずの父のイメージとは似ても似つかなかった。
その時、俺は悟った。
俺が、この人の望む息子になれないように、この人も俺の望む父にはなれないのだと。
「まったく、髪の毛はボサボサ、着ていくスーツもないでは、出勤すらできないからな。まったく、入社初日から重役出勤とは、先が思いやられる」
俺には意味の分からないことを言いながら、父は俺を急かして車に乗せた。
車はしばらく走り、見上げるほど高いビルの前で俺たちを降ろした。
ガラスで出来た塔のような印象を与えるビルに向かう父に続き、俺は一日だけの息子を演じる決心を固めた。
この人が、俺の望む父になれないなら、俺は自力でサチのもとに戻らなくてはいけないから。
サチの元に戻るためなら、どんな猿回しみたいな芸だって俺はやって見せる。
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