君のいた時を愛して~ I Love You ~
 コータがいる時は、夕飯のおかずを考えるのが楽しくてたまらない時間だが、コータが帰ってくるかどうかわからないと思うと、手持ち無沙汰でサチは何もする気にならなかった。
 ピロピロピーンという軽快な音がして、PHSがメールが届いたことを知らせた。
 サチは素早くPHSを手に取ると、メールを開いた。
『よくわからないけど、パソコン教室に一週間行けって言われた。でも、なんとか逃げて帰るつもり。サチ、愛してる』
 最後の『愛している』という文字を見た途端、サチは涙が溢れそうになった。
 今まで、自分が誰かに愛されるなんて、思ったことはなかった。コータだって、きっと自分なんかを好きになっても愛してはくれないだろうと、ずっと思っていた。でも、こうしてメールにも『愛している』と書いてきてくれるし、電話越しではあったが、言葉でも『愛している』と言ってくれた。
 そう、生まれて初めて、自分は誰かに愛されている。
 私は、コータに愛されている。
 そう思うだけで、今日一日を生きていかれる。
 サチはコータのメールにあったパソコンスクールという言葉に、ゴクリと唾を飲み込んだ。
 コータには一分でも、一秒でも早く会いたい。でも、もし、コータの父と言う人がコータをパソコンスクールに通わせてくれるなら、それはコータの将来に役立つはず。
 サチは心を決めると、メールを打った。
『コータ、メールありがとう。会えないのは寂しいけど、パソコンスクール、通ってから帰っておいでよ。絶対、コータの役に立つから。ずっと、ここでコータを待っているから。愛をこめて。サチ』
 意を決して送信ボタンを押す。
 メールを読んだら、コータは怒るだろうか? それとも、笑うだろうか? パソコンなんて、必要ないって言うかもしれない。でも、パソコンスクールは、PHSを買うよりもお金がかかる。もし、ただで学べるなら、きっとコータの人生にとって損はない。
 一週間会えなくたって大丈夫。そのあとは、ずっと一緒にいられるんだから・・・・・・。
 そこまで考えてから、サチはコータが帰ってこなかったらと考えた。
 新しい生活に慣れ、一週間したら、こんな惨めな生活に戻りたくないと思うようになったら、この狭くて汚い部屋と、コータの忘れたい過去と一緒に自分も切り捨てられてしまったら。
 そう考えると、サチは胸の中に黒いものが渦巻くのを感じた。
 ずっとサチの胸の中で渦巻いていた黒いものは、コータが声をかけてくれると大人しくなり、コータと暮らすようになってからずっと姿を消していたのに、コータに逢えなくなるかもしれないと思った瞬間、まるでそれは、死にかけていた虫が突然羽ばたくかの様に、サチの心の中でぐるぐると渦を巻いて大きくなっていった。
 もう、私は笑えない。コータなしでは。
 もう、私は生きていかれない。コータなしでは。
 もう、私は私で居られない。コータなしでは。
 サチはPHSを左手に握り、ぐっと黒いものが渦巻く胸を押さえ、右手で胸を押さえる左手を覆った。
 固く目を瞑り、ぎゅっと体を丸め、胸の中の黒く渦巻くものを押し込めようとするかのように、左手に力を込めた。
 コータに逢いたい・・・・・・。

☆☆☆

< 41 / 155 >

この作品をシェア

pagetop