君のいた時を愛して~ I Love You ~
一人きりの部屋で、俺は分厚いマニュアルを片手に、スマートフォンと格闘していた。
正直、別に使えるようになりたかったわけではないが、言われたとおりに俺がこれを使えるようにならなかったら、あの男がまた母さんのことを悪く言うかもしれないと思うと、俺はとりあえず言われたことだけをできるようにするためにスマートフォンを弄り回した。
途中で何度か五十嵐さんが俺の様子を見に来ては、温かいお茶を差し入れてくれた。
それは、ペットボトルに入ったものではなく、きっと忙しい彼女が時間を割いて、俺があの男の息子だから入れてくれたものだった。
彼女の知的なさわやかな笑みは、俺に美月を思い出させ、俺は彼女が何か話しかけてもろくに返事もしなかった。
せっかく美月の亡霊を俺の中から追い出し、サチとの新しい愛に踏み出したのに、今更こんなところで美月の亡霊に再び憑りつかれたくなかった。
彼女は不愛想な俺をどう思ったのか、『大変失礼致しました』と言って去っていった。
もしかしたら、鼻持ちならない社長の息子だと思ったのかもしれない。でも、そんなことは俺にはどうでもいい。
一度、部屋に戻ってきたあの男は、俺がスマートフォンと格闘しているのを見ると、ため息をつきながらすぐに部屋から出ていった。
俺は全てを投げ出したい気持ちになりながら、再びPHSを取り出した。
扉の外の気配に注意しながら電源を入れると、ブルりとPHSが震え、サチからのメールが入っていた。
『コータ、メールありがとう。会えないのは寂しいけど、パソコンスクール、通ってから帰っておいでよ。絶対、コータの役に立つから。ずっと、ここでコータを待っているから。愛をこめて。サチ』
俺はメールの内容に目を見張った。
もし、あの男の言うとおりにパソコンスクールに通えば、一週間はあの男の家で過ごすことになる。正直、あの洒落た朝食も、威張り散らすあの男も、今日でお別れにしたい。
でも、サチは何かを考えてきっとこのメールを書いたのだろうと、俺は思いとどまった。
もしかしたら、パソコンスクールに通いながら、うまく逃げだす方法を見つけろという事なのかもしれない。
俺は考えながら、サチに返事を打った。
『わかった。でも、俺はすぐにでもサチのところに帰りたい。サチ、愛してる』
スマートフォンを弄り倒した成果か、メールを打つスピードが自分でも驚くほど速くなっていた。
送信ボタンを押し、俺はPHSの電源を切ると急いでPHSをしまった。
その時、予告もなしに扉が開き、あの男が入ってきた。
「どうだ、少しは使えるようになったのか?」
馬鹿にしたような言葉に、俺はあの男の方を見ずに返事をした。
「メールとカレンダーの使い方はわかりました。でも、電話はかける相手がいません」
「なんだその態度は! 父親には敬意を払うものだと洋子から習わなかったのか?」
男の言葉に、俺は男の方を向くと冷たい目で男のことを見つめた。
「母さんは、俺の父親は亡くなったと教えてくれました」
そう、俺にはどういう経緯があって母さんと、この男との間に俺が生まれたのか、そんなこともちゃんと知らないのに。いきなり拉致されて、部屋に閉じ込められ、餌と言うには豪華すぎる食事を与えられ、朝からブランド物のスーツに着替えさせられ、挙句床屋で髪型まで勝手に変えられたのだ。すべて俺の意思に反して行われたことに、俺がお礼を言う義務はない。それこそ、押しつけで渡されたブランド物のビジネスマン向けのバッグに無理やり押し込まれた使い古したカバンの方が、何百万倍も俺に似合っている。
帰りたい。サチのところに。俺が俺で居られる場所に・・・・・・。
「こん晩は、夕食を外でとることにした」
俺は、外でなんか食事をしたくない!
俺は、サチが作ってくれた夕飯が食べたい! ゆうべ、俺の帰りを待って、サチが作ってくれていたはずの夕飯が食べたい・・・・・・。
俺は今にも叫びだしそうな自分を必死に抑えた。
「お前の番号を教えなさい・・・・・。ああ、この番号に電話をかけてみなさい」
父だという男は言うと、俺に自分のスマートフォンに表示されている番号を俺に見せた。
俺は電話がかけられると証明するために、その番号に電話をかけた。
父だという男の手の中のスマートフォンがベルを鳴らし『もう切っていいぞ』と言われ、俺は電話を切った。
「これで、お前の番号は登録したから、お前も私の番号を登録しておきなさい」
まるで、俺が電話番号を登録できるのかを疑うような瞳に、俺は仕方なく電話番号を登録しようとした。
「名前、なんていうんですか?」
俺の問いに、父だという人はなぜだか少し悔しそうな顔をした。
「渡瀬航だ」
「下の名前、どう書くんですか?」
「船の、航行の航だ」
俺は言われたとおりに電話帳に登録した。
「いくぞ」
父と言う男は言うと、自分の荷物を持ち扉の方に向かった。
俺は仕方なく、自分の大切な荷物が押し込められているバッグを手に、父と言う男の後に続いた。
☆☆☆
正直、別に使えるようになりたかったわけではないが、言われたとおりに俺がこれを使えるようにならなかったら、あの男がまた母さんのことを悪く言うかもしれないと思うと、俺はとりあえず言われたことだけをできるようにするためにスマートフォンを弄り回した。
途中で何度か五十嵐さんが俺の様子を見に来ては、温かいお茶を差し入れてくれた。
それは、ペットボトルに入ったものではなく、きっと忙しい彼女が時間を割いて、俺があの男の息子だから入れてくれたものだった。
彼女の知的なさわやかな笑みは、俺に美月を思い出させ、俺は彼女が何か話しかけてもろくに返事もしなかった。
せっかく美月の亡霊を俺の中から追い出し、サチとの新しい愛に踏み出したのに、今更こんなところで美月の亡霊に再び憑りつかれたくなかった。
彼女は不愛想な俺をどう思ったのか、『大変失礼致しました』と言って去っていった。
もしかしたら、鼻持ちならない社長の息子だと思ったのかもしれない。でも、そんなことは俺にはどうでもいい。
一度、部屋に戻ってきたあの男は、俺がスマートフォンと格闘しているのを見ると、ため息をつきながらすぐに部屋から出ていった。
俺は全てを投げ出したい気持ちになりながら、再びPHSを取り出した。
扉の外の気配に注意しながら電源を入れると、ブルりとPHSが震え、サチからのメールが入っていた。
『コータ、メールありがとう。会えないのは寂しいけど、パソコンスクール、通ってから帰っておいでよ。絶対、コータの役に立つから。ずっと、ここでコータを待っているから。愛をこめて。サチ』
俺はメールの内容に目を見張った。
もし、あの男の言うとおりにパソコンスクールに通えば、一週間はあの男の家で過ごすことになる。正直、あの洒落た朝食も、威張り散らすあの男も、今日でお別れにしたい。
でも、サチは何かを考えてきっとこのメールを書いたのだろうと、俺は思いとどまった。
もしかしたら、パソコンスクールに通いながら、うまく逃げだす方法を見つけろという事なのかもしれない。
俺は考えながら、サチに返事を打った。
『わかった。でも、俺はすぐにでもサチのところに帰りたい。サチ、愛してる』
スマートフォンを弄り倒した成果か、メールを打つスピードが自分でも驚くほど速くなっていた。
送信ボタンを押し、俺はPHSの電源を切ると急いでPHSをしまった。
その時、予告もなしに扉が開き、あの男が入ってきた。
「どうだ、少しは使えるようになったのか?」
馬鹿にしたような言葉に、俺はあの男の方を見ずに返事をした。
「メールとカレンダーの使い方はわかりました。でも、電話はかける相手がいません」
「なんだその態度は! 父親には敬意を払うものだと洋子から習わなかったのか?」
男の言葉に、俺は男の方を向くと冷たい目で男のことを見つめた。
「母さんは、俺の父親は亡くなったと教えてくれました」
そう、俺にはどういう経緯があって母さんと、この男との間に俺が生まれたのか、そんなこともちゃんと知らないのに。いきなり拉致されて、部屋に閉じ込められ、餌と言うには豪華すぎる食事を与えられ、朝からブランド物のスーツに着替えさせられ、挙句床屋で髪型まで勝手に変えられたのだ。すべて俺の意思に反して行われたことに、俺がお礼を言う義務はない。それこそ、押しつけで渡されたブランド物のビジネスマン向けのバッグに無理やり押し込まれた使い古したカバンの方が、何百万倍も俺に似合っている。
帰りたい。サチのところに。俺が俺で居られる場所に・・・・・・。
「こん晩は、夕食を外でとることにした」
俺は、外でなんか食事をしたくない!
俺は、サチが作ってくれた夕飯が食べたい! ゆうべ、俺の帰りを待って、サチが作ってくれていたはずの夕飯が食べたい・・・・・・。
俺は今にも叫びだしそうな自分を必死に抑えた。
「お前の番号を教えなさい・・・・・。ああ、この番号に電話をかけてみなさい」
父だという男は言うと、俺に自分のスマートフォンに表示されている番号を俺に見せた。
俺は電話がかけられると証明するために、その番号に電話をかけた。
父だという男の手の中のスマートフォンがベルを鳴らし『もう切っていいぞ』と言われ、俺は電話を切った。
「これで、お前の番号は登録したから、お前も私の番号を登録しておきなさい」
まるで、俺が電話番号を登録できるのかを疑うような瞳に、俺は仕方なく電話番号を登録しようとした。
「名前、なんていうんですか?」
俺の問いに、父だという人はなぜだか少し悔しそうな顔をした。
「渡瀬航だ」
「下の名前、どう書くんですか?」
「船の、航行の航だ」
俺は言われたとおりに電話帳に登録した。
「いくぞ」
父と言う男は言うと、自分の荷物を持ち扉の方に向かった。
俺は仕方なく、自分の大切な荷物が押し込められているバッグを手に、父と言う男の後に続いた。
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