君のいた時を愛して~ I Love You ~
昼をコンビニのコーヒーとパンだけで済ませた俺は、午後のクラスに入ると、誰も座りたがらない一番前の席に腰を下ろした。
午後の講師がテキストのページを指定し、午前に続いて講義が始まった。
午後の講義にでないと連絡が行くと言われて居たので、もちろん昼休みに逃走するなどと言うバカなことをするつもりはなかった。
講義が始まって十五分、俺はゆっくりと手を上げた。
「はい、どうなさいました?」
講師が俺に歩み寄ってくる。
「あの、ものすごくおなかが痛くて。あの、トイレに行ってもいいでしょうか?」
「はい。どうぞ」
他の受講生が手を上げていることもあり、講師の女性は俺に注意を払うことなく退出の許可を出すとすぐに俺に背を向けた。
俺はカバンを手に教室を後にするとトイレに入ると見せかけてダッシュでパソコン教室を走り出た。
エレベーターは使わず、階段を駆け下りる。
一階の自動ドアーを抜け、一気に駅まで走った。
所持金はお昼代に貰った二千円からお昼代を引いただけの千五百円程度だが、家まで帰るには十分な金額だった。
切符を買い、入線してきた電車に飛び乗る。
確か、午後のコースは二時間が二つ。コースとコースの間の休憩時間には俺がいないことはバレるだろうが、一時間あればサチの待つ部屋までは帰れる。そうしたら、とりあえず荷物を持ってサチを連れて逃げればいい。どうせ、スーパーには退職の手続きをとると言っていたから、もう辞めたことになっている可能性が高いが、サチからの連絡では大将は俺が熱を出して寝込んでいると信じてくれているという事は、あの男の手は大将のところまでは回っていないと思われる。
電車が駅に停まる時間が長い気がして、俺はイライラしながらPHSを取り出した。
サチからの連絡はない。この時間なら、サチは大将の店の仕事を終えて、そろそろ部屋に帰るころだ。
俺はメールを開くと、サチにメールを打った。
『サチ、これから帰る。でも、すぐに逃げる必要があるから、荷物をまとめておいてくれ。大切なものだけ、あとは部屋に置いていく。コータ』
送信ボタンを押すと、俺はPHSのバッテリー残量を確認する。
サチの言ったとおりバッテリーの残りは少なく、このまま電源を切らずに置くのが少し心配になり、俺は再び電源を切った。
電車を何回か乗り換え、駅に着くと俺は全速力で部屋を目指した。
そんな時『市役所』の看板が俺の目に入り、俺は引き寄せられるように足を向けた。
時間を無駄にしている場合じゃないと思いながらも、俺は『各種届出』と書かれているコーナーにいる男性のところへ向かった。
「あの・・・・・・」
「順番のカードを引いてお待ちください」
「あ、いえ、あの婚姻届けが欲しいんですけど」
「婚姻届けですね。こちらになります」
男性は用紙を俺に渡すと、すぐに次の番号を読み上げた。
サチが承諾してくれるかどうかはわからない。お互いに愛し合っているからと言って、すぐに結婚ということになるかどうかもわからない。でも、あの男からサチを守り、俺とサチが一緒に居続けるためには、もうこの方法しかない。
俺は用紙をしまうと、再びダッシュで部屋を目指した。
玄関で靴を脱ぎ、片手で靴を掴むと階段を駆け上がった。
「サチ!」
名前を呼びながら扉を開けると、サチが俺の胸に飛び込んできた。
「サチ、結婚しよう!」
このドサクサとしか言いようのないプロポーズに、サチは驚くでも怯むでもなく『はい』と答えた。
俺の方が聞き間違いじゃないかと焦った。
「サチ、俺と結婚してくれるのか?」
「はいって、答えたでしょ」
サチは不思議そうな顔をして答えた。
「じゃあ、届を出そう」
俺は婚姻届けを取り出し、自分から書き込みサチに渡した。
サチは受け取ると自分の部分を書き込んでいく。
「後は、印鑑を押して・・・・・・、えっ。なんだよこの証人って、しかも二人・・・・・・」
俺は二人で書類に名前を書いて判を押すだけだと思っていたから、思わず名前を書く手が止まった。
「大丈夫だよ、コータ。私の方はリサイクルショップのおばさんに頼むから、コータは大将に書いてもらえば・・・・・・」
サチの言葉に勇気づけられ、俺は自分の欄を埋めるとサチに手渡した。
隣に座ったサチは、すらすらと自分の欄を書き込んでいった。
サチが書き終わるのを待ち、俺とサチは荷物を持ってまずリサイクルショップを訪ねた。
最初は、こういうものは親が書くものだと言っていたおばさんも、サチが何かを耳打ちすると『そういうことなら、しかたないわね』と言って証人になってくれた。
それから俺たちは揃って大将の店へと急いだ。
「もう、具合はいいのか?」
俺の姿を見た大将は、驚いたように言った。
確かに、どう見ても、高熱を出して寝込んでいた人間には見えないだろう。何しろ、着ているのがスーツで持っているのがビジネスバッグだ。
「大将、証人になってください、お願いします」
俺は言うと、大将に婚姻届けを差し出した。
「な、なんだ? おい、どういう・・・・・・」
戸惑う大将に、追い打ちをかけるようにサチが『お願いします』と頭を下げた。
「なんだかよくわからないが、二人ともいい大人だしな。コータの両親は亡くなっているって聞いてるから、さっちゃんの方がきちんと証人がついているなら、俺は構わないよ」
大将は言うと、証人の欄に記入し判を押してくれた。
「結婚するのはいいが、二人で仲良く退職ってのは困るからな。それから、みんなには内緒にしておけよ。さっちゃんが結婚したと知ったら、休むやつが出るからな・・・・・・」
大将の冗談とも、本気とも思える言葉を聞きながら、俺とサチは大将にお礼を言って市役所に向かった。
書類を貰ったと思ったら、すぐに戻ってきた俺に、役所の人はなんだか微笑ましいと言わんばかりの笑みを浮かべて俺とサチの婚姻届けを受け取った。
「確認させていただきます」
それからじっくりと記入されている内容に不備がないかを確認してから、俺たちの方に向き直った。
「では、ご本人確認のできる書類と、お二人の戸籍謄本の提出をお願いいたします」
「えっ?」
俺は驚いて相手の顔を見つめた。
「婚姻届けの受付には、双方が独身であることを確認するため、戸籍謄本の提出が必要になりますが・・・・・・。失礼致しました。中村様は本籍地がこちらになりますので、牧瀬様の謄本のみで結構です」
「それって、書類を出したら勝手に役所で調べてくれるんじゃないんですか?
結婚なんて、はるか昔、美月が呼んでいた分厚い雑誌でちらっと読んだだけの知識しかなかった俺には、役所で書類を貰って、二人で書いて出すだけだと思っていたから、証人がいる事だって驚きだったのに、この挙句、戸籍がいるなんて、それじゃあ、今日中にサチと結婚できない。
「そうでなければ、中村様の戸籍謄本をおとりになり、牧瀬様の本籍所在地の役所に中村様の戸籍謄本と合わせて提出いただければ、牧瀬様の戸籍謄本の提出は必要ありません」
親切に教えてくれる担当者に、俺はお礼も言わないままサチを向き直った。
「サチ、大丈夫かな?」
俺は、未だにサチがなぜ家を出て来たのかも知らない。サチの本籍地の役所に行くことが、サチの身に危害が加わるような危険が伴わないのか、俺は急に不安になった。
「大丈夫だよ、本籍地なら」
サチの言葉に、俺は担当者を向き直った。
「必要な書類全部出してください」
かなり無茶苦茶な要求だったのに、担当者は俺の必死な形相に何かを感じたのか、何枚かの書類に記載を求めただけで、すぐに手続きをしてくれた。
俺は窓口でお金を払い、書類を受け取るとサチに向き直った。
「どんなことがあっても、俺がサチを守るから。この書類、出しに行こう」
俺の言葉にサチが頷く。
俺とサチは役所を離れるとまっすぐに駅に向かった。
電車に乗り、サチの本籍がある場所を目指しながら、サチは心配げな俺に優しく笑って見せた。
「大丈夫だよ、コータ。本籍のある場所には、誰も近くに住んでないから」
サチの言葉に俺はホッとすると、改めてサチのことを見つめた。
「サチ、本当に良かった?」
敢えて何をとは言わなくても、サチだって俺が聞いていることが結婚の事だとわかっている。
「もちろん。私は、コータがそうしたいって思った時がその時だって、ずっと心に決めていたから」
☆☆☆
午後の講師がテキストのページを指定し、午前に続いて講義が始まった。
午後の講義にでないと連絡が行くと言われて居たので、もちろん昼休みに逃走するなどと言うバカなことをするつもりはなかった。
講義が始まって十五分、俺はゆっくりと手を上げた。
「はい、どうなさいました?」
講師が俺に歩み寄ってくる。
「あの、ものすごくおなかが痛くて。あの、トイレに行ってもいいでしょうか?」
「はい。どうぞ」
他の受講生が手を上げていることもあり、講師の女性は俺に注意を払うことなく退出の許可を出すとすぐに俺に背を向けた。
俺はカバンを手に教室を後にするとトイレに入ると見せかけてダッシュでパソコン教室を走り出た。
エレベーターは使わず、階段を駆け下りる。
一階の自動ドアーを抜け、一気に駅まで走った。
所持金はお昼代に貰った二千円からお昼代を引いただけの千五百円程度だが、家まで帰るには十分な金額だった。
切符を買い、入線してきた電車に飛び乗る。
確か、午後のコースは二時間が二つ。コースとコースの間の休憩時間には俺がいないことはバレるだろうが、一時間あればサチの待つ部屋までは帰れる。そうしたら、とりあえず荷物を持ってサチを連れて逃げればいい。どうせ、スーパーには退職の手続きをとると言っていたから、もう辞めたことになっている可能性が高いが、サチからの連絡では大将は俺が熱を出して寝込んでいると信じてくれているという事は、あの男の手は大将のところまでは回っていないと思われる。
電車が駅に停まる時間が長い気がして、俺はイライラしながらPHSを取り出した。
サチからの連絡はない。この時間なら、サチは大将の店の仕事を終えて、そろそろ部屋に帰るころだ。
俺はメールを開くと、サチにメールを打った。
『サチ、これから帰る。でも、すぐに逃げる必要があるから、荷物をまとめておいてくれ。大切なものだけ、あとは部屋に置いていく。コータ』
送信ボタンを押すと、俺はPHSのバッテリー残量を確認する。
サチの言ったとおりバッテリーの残りは少なく、このまま電源を切らずに置くのが少し心配になり、俺は再び電源を切った。
電車を何回か乗り換え、駅に着くと俺は全速力で部屋を目指した。
そんな時『市役所』の看板が俺の目に入り、俺は引き寄せられるように足を向けた。
時間を無駄にしている場合じゃないと思いながらも、俺は『各種届出』と書かれているコーナーにいる男性のところへ向かった。
「あの・・・・・・」
「順番のカードを引いてお待ちください」
「あ、いえ、あの婚姻届けが欲しいんですけど」
「婚姻届けですね。こちらになります」
男性は用紙を俺に渡すと、すぐに次の番号を読み上げた。
サチが承諾してくれるかどうかはわからない。お互いに愛し合っているからと言って、すぐに結婚ということになるかどうかもわからない。でも、あの男からサチを守り、俺とサチが一緒に居続けるためには、もうこの方法しかない。
俺は用紙をしまうと、再びダッシュで部屋を目指した。
玄関で靴を脱ぎ、片手で靴を掴むと階段を駆け上がった。
「サチ!」
名前を呼びながら扉を開けると、サチが俺の胸に飛び込んできた。
「サチ、結婚しよう!」
このドサクサとしか言いようのないプロポーズに、サチは驚くでも怯むでもなく『はい』と答えた。
俺の方が聞き間違いじゃないかと焦った。
「サチ、俺と結婚してくれるのか?」
「はいって、答えたでしょ」
サチは不思議そうな顔をして答えた。
「じゃあ、届を出そう」
俺は婚姻届けを取り出し、自分から書き込みサチに渡した。
サチは受け取ると自分の部分を書き込んでいく。
「後は、印鑑を押して・・・・・・、えっ。なんだよこの証人って、しかも二人・・・・・・」
俺は二人で書類に名前を書いて判を押すだけだと思っていたから、思わず名前を書く手が止まった。
「大丈夫だよ、コータ。私の方はリサイクルショップのおばさんに頼むから、コータは大将に書いてもらえば・・・・・・」
サチの言葉に勇気づけられ、俺は自分の欄を埋めるとサチに手渡した。
隣に座ったサチは、すらすらと自分の欄を書き込んでいった。
サチが書き終わるのを待ち、俺とサチは荷物を持ってまずリサイクルショップを訪ねた。
最初は、こういうものは親が書くものだと言っていたおばさんも、サチが何かを耳打ちすると『そういうことなら、しかたないわね』と言って証人になってくれた。
それから俺たちは揃って大将の店へと急いだ。
「もう、具合はいいのか?」
俺の姿を見た大将は、驚いたように言った。
確かに、どう見ても、高熱を出して寝込んでいた人間には見えないだろう。何しろ、着ているのがスーツで持っているのがビジネスバッグだ。
「大将、証人になってください、お願いします」
俺は言うと、大将に婚姻届けを差し出した。
「な、なんだ? おい、どういう・・・・・・」
戸惑う大将に、追い打ちをかけるようにサチが『お願いします』と頭を下げた。
「なんだかよくわからないが、二人ともいい大人だしな。コータの両親は亡くなっているって聞いてるから、さっちゃんの方がきちんと証人がついているなら、俺は構わないよ」
大将は言うと、証人の欄に記入し判を押してくれた。
「結婚するのはいいが、二人で仲良く退職ってのは困るからな。それから、みんなには内緒にしておけよ。さっちゃんが結婚したと知ったら、休むやつが出るからな・・・・・・」
大将の冗談とも、本気とも思える言葉を聞きながら、俺とサチは大将にお礼を言って市役所に向かった。
書類を貰ったと思ったら、すぐに戻ってきた俺に、役所の人はなんだか微笑ましいと言わんばかりの笑みを浮かべて俺とサチの婚姻届けを受け取った。
「確認させていただきます」
それからじっくりと記入されている内容に不備がないかを確認してから、俺たちの方に向き直った。
「では、ご本人確認のできる書類と、お二人の戸籍謄本の提出をお願いいたします」
「えっ?」
俺は驚いて相手の顔を見つめた。
「婚姻届けの受付には、双方が独身であることを確認するため、戸籍謄本の提出が必要になりますが・・・・・・。失礼致しました。中村様は本籍地がこちらになりますので、牧瀬様の謄本のみで結構です」
「それって、書類を出したら勝手に役所で調べてくれるんじゃないんですか?
結婚なんて、はるか昔、美月が呼んでいた分厚い雑誌でちらっと読んだだけの知識しかなかった俺には、役所で書類を貰って、二人で書いて出すだけだと思っていたから、証人がいる事だって驚きだったのに、この挙句、戸籍がいるなんて、それじゃあ、今日中にサチと結婚できない。
「そうでなければ、中村様の戸籍謄本をおとりになり、牧瀬様の本籍所在地の役所に中村様の戸籍謄本と合わせて提出いただければ、牧瀬様の戸籍謄本の提出は必要ありません」
親切に教えてくれる担当者に、俺はお礼も言わないままサチを向き直った。
「サチ、大丈夫かな?」
俺は、未だにサチがなぜ家を出て来たのかも知らない。サチの本籍地の役所に行くことが、サチの身に危害が加わるような危険が伴わないのか、俺は急に不安になった。
「大丈夫だよ、本籍地なら」
サチの言葉に、俺は担当者を向き直った。
「必要な書類全部出してください」
かなり無茶苦茶な要求だったのに、担当者は俺の必死な形相に何かを感じたのか、何枚かの書類に記載を求めただけで、すぐに手続きをしてくれた。
俺は窓口でお金を払い、書類を受け取るとサチに向き直った。
「どんなことがあっても、俺がサチを守るから。この書類、出しに行こう」
俺の言葉にサチが頷く。
俺とサチは役所を離れるとまっすぐに駅に向かった。
電車に乗り、サチの本籍がある場所を目指しながら、サチは心配げな俺に優しく笑って見せた。
「大丈夫だよ、コータ。本籍のある場所には、誰も近くに住んでないから」
サチの言葉に俺はホッとすると、改めてサチのことを見つめた。
「サチ、本当に良かった?」
敢えて何をとは言わなくても、サチだって俺が聞いていることが結婚の事だとわかっている。
「もちろん。私は、コータがそうしたいって思った時がその時だって、ずっと心に決めていたから」
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