君のいた時を愛して~ I Love You ~
四
スーパーの仕事は、定食屋の仕事に比べると、とても単調な仕事だが、夜間の交通整理の仕事程は単調でもない。
段ボール箱に入った食品を倉庫から店舗内に何度も運び、決められた場所に並べていく。油や調味料、ドレッシングなどは、箱が比較的小さめでも重みがある。それでも、最近はプラスチックのボトルが増えたせいか、働き始めた当初よりもかなり軽く感じる。それに対して、ドリンク類は重さの面から言うと、かなりしんどい。
ドリンクの売れ方は季節によって大きく変わる。
温かいドリンクを扱っていないスーパーでは、ドリンク類は売れにくくなり、ハロウィーンやクリスマスなどのパーティーシーズンまでは、一日何度も棚に商品を補充するようなことはあまりない。それに比べて、春先から秋まで、特に夏の間はドリンクが冷える間もないペースで売れていくので、箱を運んでも運んでも終わることがなく、タイミングが悪いと『ドリンクが冷えていない』という客からのクレームの対応までしなくてはならない。
夏場は、スーパーだけでくたくたになり、暑さに負けて夜間の交通整理の仕事に出る頻度が下がる。しかも、夏休みで遊ぶ金を稼ごうとする学生との奪い合いになるから、俺は夏よりも学生が嫌がる寒い冬場や梅雨の季節の交通整理の仕事が多くなる。
「すいません、期間限定のサイダー、いまテレビで広告してるのってありますか?」
突然、客に声をかけられて俺は慌てる。
なんだ、期間限定で、いまテレビで広告してるって。そのサイダー、名前ないのか? メーカーは何処だよ!
俺はイラつきながらも、サービススマイルを浮かべて客の女性の方を振り向いた。
たぶん、サチと同じくらいの歳に見える。こぎれいで、お洒落な服を着て、薄い化粧をしている。これが最近はやりのナチュラルメイクとかいうやつか? 休憩室でパートの女性が話していたのを聞いたことがある。
「すいません、メーカーとかお分かりになりますか?」
俺が問いかけると、客の女性は不機嫌そうな表情に一転した。
「いま、さんざんテレビで広告してるの、そんなのもわかんないの?」
きた、こういうのを怪物(モンスター)って言うんだよ。
なんでも自分が中心で、自分が見てるから他の人間も同じ広告を見てると信じて疑わない。たぶん、俺の部屋にはテレビなんてないから広告見たことありませんって答えたら、逆切れするんだろうな。
俺は、ひどく面倒な客に声をかけられてしまった不幸をしみじみと味わいながら、ちょうど近くを通ったベテランのパートさんに声をかける。
「すいません、こちらのお客様がドリンクをお探しなんですが、最近、テレビで広告している商品だそうで・・・・・・」
俺の言葉に、パートさんは『納得』という顔をして対応を代わってくれた。
この人には、以前、『どんなテレビ見るの?』と訊かれて、テレビを持っていないことを放しているので、テレビの広告にどんな商品が取り上げられているか俺が知らないことを言わないでもわかってくれた。
「申し訳ないのですが、あの商品は、当店では取り扱いがございません」
パートさんが丁寧に答えると、『あっそ、使えない店』と、客は捨て台詞を残し、手に持っていたスナック菓子を空いている棚のスペースにねじ込んで歩き去った。
どうやら、ドリンクがないなら、菓子も買わないという事らしい。
「あ、棚に戻しておきます」
俺は言うと、隙間にねじ込まれた菓子を取り出し、空き箱の中に入れた。
「悪いけど、よろしくね」
パートさんは言うと、呆れたように客の後姿を一瞥してから奥の事務室の方に消えて行った。
俺は台車に載せて運んできたドリンク類を全て並べ終わってから、スナック菓子をそれぞれの棚に戻し、次の箱を取りに倉庫へと向かった。
工場で働いていた時は、休憩を挟まずに仕事をすることによってミスが増え、最終的に品質の低下が起こると言われ、定期的に休憩をはさむことができたし、非正規雇用とは言え、きっちり労働基準法に基づいて働いている社員さんたちと一緒なので、それほど不当な扱いをされることはなかった。
しかし、パートの仕事はそうはいかない。
俺のように、定食屋の仕事が終わってから三時過ぎに店に入ると、夜の十時まで働いても七時間、当然、休憩はない。それに、どんなに働いても有休もないし、体調を崩して休めば、給料を引かれるだけだ。
残念ながら、定食屋にも有給はない。もちろん、夜勤にも。だから、俺は生きるために、毎日休むことなく働き続けなくてはいけない。
でも、何のために?
工場で働いていた時は、目標があった。
美月とデートに行く、美月にプレゼントを買う。美月との結婚資金をためる。今考えると、笑えて来る目標ばかりだが、その当時は真剣だった。
それでも、お金は思うように貯まらなかった。
毎年、ゴールデンウィークに成田や関空から海外に家族で旅行に行く人たちの姿をニュースで見ながら、どうやったらそんな大金が手に入るのだろうかと、よく考えた。
そうしているうちに、きっと、あの人たちは、俺とは違う世界に生きている人たちなんだと思うようになった。
たがら、美月が雑誌を見ながら欲しいというバッグの値段を見て驚愕したし、友達はみんな何個も持ってるし、美月も親に買ってもらって同じブランドのバッグを持っているというのを聞いた時、俺は、自分と美月は、本当は違う世界に生きているのではないかと思った。それでも、あの日まで、俺はそんな考えをずっと否定して生きていた。だって、美月は俺と結婚すると約束していたから。だから、美月との別れは、俺と美月の住む世界は違ったという証明に過ぎなかった。
じゃあ、サチは、俺と同じ世界にすんでいるのか?
少なくとも、温かいご飯に喜び、一日三度の食事を食べられることを当たり前と思っていないところが、俺に近いと俺は思うし、それに違う世界の人間なら、俺が定食屋の仕事に行っている間に出て行ったはずだ。
俺は、そんな事を考えながら黙々と箱を運び、空いている棚を埋めていった。
バカみたいに美月の事を考えていたせいか、それともサチの事を考えていたからか、仕事ははかどり、気付けば上がる時間になっていた。
売れ残りの惣菜でも、良いものは俺より早く上がるパートの主婦軍団がほとんど半額で買っていってしまうので、俺は箱を片付けながら奥に引っ込むと、廃棄待ちの食品がまとめて置かれている場所へ急ぐ。
急ぐ理由は、誰かに盗られるからではない。
何も考えない学生のバイトが、腐りかけている野菜と食べられる野菜の見わけもつかず、美味しく食べられる惣菜とそうでないものをごちゃ混ぜにして廃棄用のポットに放り込んでしまう前に食材をゲットするためだ。
回収箱に無造作に放り込まれているキャベツの葉をチェックし、手ごろな柔らかさの物をまとめて袋に入れる。それから、自由落下の法則を体験したらしい卵のパックを掴む。
大根の葉は、既に生鮮食品の担当者が別袋で保管してくれているので、ここであさる必要はないので、総菜をチェックする。
ここに運ばれてくる惣菜のほとんどは、ラップが破れていたり、賞味期限まで一時間程度になったものばかりなので、沢山はないが、それでも食べられるかどうかの判定は重要になる。
なにしろ、腐ったイチゴをパックに幾つ詰められかを競うようなバカな学生バイト達は、食品を無駄にする行為に燃えるらしく、わざわざパック入りのハンバーグを足で踏みつけてつぶしたり、散々なことをして、遊びの延長で食べ物を廃棄ポットに入れていく。
この頭の悪そうな小学生のようなバイト達は、みな一様に親のすねをかじって大学に行っている。そして、大学に行っているというだけで人生の勝ち組のような顔をして、社会に出たら、もっと上の上の上がいることも知らないで、俺の事を負け犬を見るような蔑んだ目でみる。
お前たちだって、社会人になって会社が倒産したら、親が早死にしたら、俺みたいになる可能性はあるんだよって、教えてやりたい気もするが、俺はそこまで親切じゃないから、何も言わない。
長期保管のできる食品の山を物色し、賞味期限切れのインスタントのカレーを見つけた俺は、手早く二箱掴み、更に調味料の中からソースと醤油をゲットした。
それからソーセージとチーズいりハンバーグを見つけた俺は、冷たい目で俺をみるバイト達には声をかけず、そのまま事務所に持ち出しの許可をもらいに行った。
「あら、今日は大量ね」
どうみても一人分には見えない量に、担当の女性が俺の事を見つめる。
もちろん、自己消費でない限り持ち出せない。友達にあげるのも、転売も当然禁止だ。
「どれも、まだ日持ちがしますから。来週になると、調味料とか長期保存食はなくなっちゃいますから」
保管場所と、廃棄にかかる手間の関係で、同じタイプの食品をまとめておいて処分するので、俺は慌ててその事を説明した。
「大丈夫よ。君がそんなことしないってのは分かってるから。でも、なんだか二人分に見えたから言ってみただけよ」
鋭い観察力に、俺は思わずドキリとした。
「あ、これプレゼント」
そう言って差し出されたのは、パンの詰め合わせ袋だった。
「今日、すごくパンが売れ残ったのよ。でね、チーフが一人三袋は買うようにって、でも、私、昨日も三袋買って、パンがあまってるから食べて」
「あ、お支払いします」
俺が言うと、女性は頭を横に振った。
「家でカビるくらいなら、食べてもらった方がありがたいから」
「ありがとうございます」
俺は素直にお礼を言い、パンを受け取った。
それから事務室奥のロッカールームへ入った。俺のロッカーの前には、地下の青果担当が置いて行ってくれたカブの葉の入った袋が置かれている。
俺はロッカーからカバンを出し、食材とパンをつめた。それから、制服替わりのエプロンを外してロッカーにしまう。
「おつかれさまでした」
裏口でタイムカードを押し、あいさつしてスーパーを後にする。
サチが待っていると思うと、いつもは重労働と立ちっぱなしで重い足が、軽く感じた。出勤の時は軽かったカバンが食材で重いが、それも気にならなかった。
段ボール箱に入った食品を倉庫から店舗内に何度も運び、決められた場所に並べていく。油や調味料、ドレッシングなどは、箱が比較的小さめでも重みがある。それでも、最近はプラスチックのボトルが増えたせいか、働き始めた当初よりもかなり軽く感じる。それに対して、ドリンク類は重さの面から言うと、かなりしんどい。
ドリンクの売れ方は季節によって大きく変わる。
温かいドリンクを扱っていないスーパーでは、ドリンク類は売れにくくなり、ハロウィーンやクリスマスなどのパーティーシーズンまでは、一日何度も棚に商品を補充するようなことはあまりない。それに比べて、春先から秋まで、特に夏の間はドリンクが冷える間もないペースで売れていくので、箱を運んでも運んでも終わることがなく、タイミングが悪いと『ドリンクが冷えていない』という客からのクレームの対応までしなくてはならない。
夏場は、スーパーだけでくたくたになり、暑さに負けて夜間の交通整理の仕事に出る頻度が下がる。しかも、夏休みで遊ぶ金を稼ごうとする学生との奪い合いになるから、俺は夏よりも学生が嫌がる寒い冬場や梅雨の季節の交通整理の仕事が多くなる。
「すいません、期間限定のサイダー、いまテレビで広告してるのってありますか?」
突然、客に声をかけられて俺は慌てる。
なんだ、期間限定で、いまテレビで広告してるって。そのサイダー、名前ないのか? メーカーは何処だよ!
俺はイラつきながらも、サービススマイルを浮かべて客の女性の方を振り向いた。
たぶん、サチと同じくらいの歳に見える。こぎれいで、お洒落な服を着て、薄い化粧をしている。これが最近はやりのナチュラルメイクとかいうやつか? 休憩室でパートの女性が話していたのを聞いたことがある。
「すいません、メーカーとかお分かりになりますか?」
俺が問いかけると、客の女性は不機嫌そうな表情に一転した。
「いま、さんざんテレビで広告してるの、そんなのもわかんないの?」
きた、こういうのを怪物(モンスター)って言うんだよ。
なんでも自分が中心で、自分が見てるから他の人間も同じ広告を見てると信じて疑わない。たぶん、俺の部屋にはテレビなんてないから広告見たことありませんって答えたら、逆切れするんだろうな。
俺は、ひどく面倒な客に声をかけられてしまった不幸をしみじみと味わいながら、ちょうど近くを通ったベテランのパートさんに声をかける。
「すいません、こちらのお客様がドリンクをお探しなんですが、最近、テレビで広告している商品だそうで・・・・・・」
俺の言葉に、パートさんは『納得』という顔をして対応を代わってくれた。
この人には、以前、『どんなテレビ見るの?』と訊かれて、テレビを持っていないことを放しているので、テレビの広告にどんな商品が取り上げられているか俺が知らないことを言わないでもわかってくれた。
「申し訳ないのですが、あの商品は、当店では取り扱いがございません」
パートさんが丁寧に答えると、『あっそ、使えない店』と、客は捨て台詞を残し、手に持っていたスナック菓子を空いている棚のスペースにねじ込んで歩き去った。
どうやら、ドリンクがないなら、菓子も買わないという事らしい。
「あ、棚に戻しておきます」
俺は言うと、隙間にねじ込まれた菓子を取り出し、空き箱の中に入れた。
「悪いけど、よろしくね」
パートさんは言うと、呆れたように客の後姿を一瞥してから奥の事務室の方に消えて行った。
俺は台車に載せて運んできたドリンク類を全て並べ終わってから、スナック菓子をそれぞれの棚に戻し、次の箱を取りに倉庫へと向かった。
工場で働いていた時は、休憩を挟まずに仕事をすることによってミスが増え、最終的に品質の低下が起こると言われ、定期的に休憩をはさむことができたし、非正規雇用とは言え、きっちり労働基準法に基づいて働いている社員さんたちと一緒なので、それほど不当な扱いをされることはなかった。
しかし、パートの仕事はそうはいかない。
俺のように、定食屋の仕事が終わってから三時過ぎに店に入ると、夜の十時まで働いても七時間、当然、休憩はない。それに、どんなに働いても有休もないし、体調を崩して休めば、給料を引かれるだけだ。
残念ながら、定食屋にも有給はない。もちろん、夜勤にも。だから、俺は生きるために、毎日休むことなく働き続けなくてはいけない。
でも、何のために?
工場で働いていた時は、目標があった。
美月とデートに行く、美月にプレゼントを買う。美月との結婚資金をためる。今考えると、笑えて来る目標ばかりだが、その当時は真剣だった。
それでも、お金は思うように貯まらなかった。
毎年、ゴールデンウィークに成田や関空から海外に家族で旅行に行く人たちの姿をニュースで見ながら、どうやったらそんな大金が手に入るのだろうかと、よく考えた。
そうしているうちに、きっと、あの人たちは、俺とは違う世界に生きている人たちなんだと思うようになった。
たがら、美月が雑誌を見ながら欲しいというバッグの値段を見て驚愕したし、友達はみんな何個も持ってるし、美月も親に買ってもらって同じブランドのバッグを持っているというのを聞いた時、俺は、自分と美月は、本当は違う世界に生きているのではないかと思った。それでも、あの日まで、俺はそんな考えをずっと否定して生きていた。だって、美月は俺と結婚すると約束していたから。だから、美月との別れは、俺と美月の住む世界は違ったという証明に過ぎなかった。
じゃあ、サチは、俺と同じ世界にすんでいるのか?
少なくとも、温かいご飯に喜び、一日三度の食事を食べられることを当たり前と思っていないところが、俺に近いと俺は思うし、それに違う世界の人間なら、俺が定食屋の仕事に行っている間に出て行ったはずだ。
俺は、そんな事を考えながら黙々と箱を運び、空いている棚を埋めていった。
バカみたいに美月の事を考えていたせいか、それともサチの事を考えていたからか、仕事ははかどり、気付けば上がる時間になっていた。
売れ残りの惣菜でも、良いものは俺より早く上がるパートの主婦軍団がほとんど半額で買っていってしまうので、俺は箱を片付けながら奥に引っ込むと、廃棄待ちの食品がまとめて置かれている場所へ急ぐ。
急ぐ理由は、誰かに盗られるからではない。
何も考えない学生のバイトが、腐りかけている野菜と食べられる野菜の見わけもつかず、美味しく食べられる惣菜とそうでないものをごちゃ混ぜにして廃棄用のポットに放り込んでしまう前に食材をゲットするためだ。
回収箱に無造作に放り込まれているキャベツの葉をチェックし、手ごろな柔らかさの物をまとめて袋に入れる。それから、自由落下の法則を体験したらしい卵のパックを掴む。
大根の葉は、既に生鮮食品の担当者が別袋で保管してくれているので、ここであさる必要はないので、総菜をチェックする。
ここに運ばれてくる惣菜のほとんどは、ラップが破れていたり、賞味期限まで一時間程度になったものばかりなので、沢山はないが、それでも食べられるかどうかの判定は重要になる。
なにしろ、腐ったイチゴをパックに幾つ詰められかを競うようなバカな学生バイト達は、食品を無駄にする行為に燃えるらしく、わざわざパック入りのハンバーグを足で踏みつけてつぶしたり、散々なことをして、遊びの延長で食べ物を廃棄ポットに入れていく。
この頭の悪そうな小学生のようなバイト達は、みな一様に親のすねをかじって大学に行っている。そして、大学に行っているというだけで人生の勝ち組のような顔をして、社会に出たら、もっと上の上の上がいることも知らないで、俺の事を負け犬を見るような蔑んだ目でみる。
お前たちだって、社会人になって会社が倒産したら、親が早死にしたら、俺みたいになる可能性はあるんだよって、教えてやりたい気もするが、俺はそこまで親切じゃないから、何も言わない。
長期保管のできる食品の山を物色し、賞味期限切れのインスタントのカレーを見つけた俺は、手早く二箱掴み、更に調味料の中からソースと醤油をゲットした。
それからソーセージとチーズいりハンバーグを見つけた俺は、冷たい目で俺をみるバイト達には声をかけず、そのまま事務所に持ち出しの許可をもらいに行った。
「あら、今日は大量ね」
どうみても一人分には見えない量に、担当の女性が俺の事を見つめる。
もちろん、自己消費でない限り持ち出せない。友達にあげるのも、転売も当然禁止だ。
「どれも、まだ日持ちがしますから。来週になると、調味料とか長期保存食はなくなっちゃいますから」
保管場所と、廃棄にかかる手間の関係で、同じタイプの食品をまとめておいて処分するので、俺は慌ててその事を説明した。
「大丈夫よ。君がそんなことしないってのは分かってるから。でも、なんだか二人分に見えたから言ってみただけよ」
鋭い観察力に、俺は思わずドキリとした。
「あ、これプレゼント」
そう言って差し出されたのは、パンの詰め合わせ袋だった。
「今日、すごくパンが売れ残ったのよ。でね、チーフが一人三袋は買うようにって、でも、私、昨日も三袋買って、パンがあまってるから食べて」
「あ、お支払いします」
俺が言うと、女性は頭を横に振った。
「家でカビるくらいなら、食べてもらった方がありがたいから」
「ありがとうございます」
俺は素直にお礼を言い、パンを受け取った。
それから事務室奥のロッカールームへ入った。俺のロッカーの前には、地下の青果担当が置いて行ってくれたカブの葉の入った袋が置かれている。
俺はロッカーからカバンを出し、食材とパンをつめた。それから、制服替わりのエプロンを外してロッカーにしまう。
「おつかれさまでした」
裏口でタイムカードを押し、あいさつしてスーパーを後にする。
サチが待っていると思うと、いつもは重労働と立ちっぱなしで重い足が、軽く感じた。出勤の時は軽かったカバンが食材で重いが、それも気にならなかった。