君のいた時を愛して~ I Love You ~
七
サチと出会った夏の終わりが秋に変わり、冬の足音が近づいても、俺とサチの生活に変わりはなかった。
お互い、成人している事だけ確認しただけで、俺はそれ以上サチが嫌がるサチの事を尋ねなかったし、サチも俺の事は何も尋ねなかった。
俺の仕事は、大学が始まって学生が少なくなったおかげで夜勤の交通整理も増え、サチと過ごす時間は出会ったころより格段に少なくなっていった。それは、俺の睡眠時間が短くなりと体力がすり減るのと比例していた。
それでも、サチは夜の仕事に出る俺に弁当を作ってくれ、朝も朝食を作って送り出してくれた。それから、今まである程度計画的ではあったけれど、俺の料理スキルに合わせた食材しかもらってこなかったのに対し、サチが献立を考えて希望する食材のリストを作ってくれるようになったおかげで、俺とサチの食卓のバリエーションも大幅に増えた。
もちろん、全ての食材を貰って済ますことはできないので、お米や調味料、洗剤などは当然自腹で買う事になったが、俺が忘れていると、サチが買ってきてくれることもあり、俺の生活は困窮することなく、生活レベルを維持したまま、二人での暮らしを続けることができた。
冷たい雨の夜勤を終え、部屋にたどり着いた俺は全身から水が滴っているのを水音で知る事が出来た。当然、着ているものは全て絞れるほどの雨水を吸収していて、自分が凍えそうな寒さでガタガタと震えている事にも気付いていた。
建付けの悪い扉を開けて中に入ると、俺の為に用意されているタオルが何枚かおかれていた。俺はサチが寝ているのを確認すると、着ているものを全部脱いでタオルにくるまった。
さすがに、恋人でもない異性のいる部屋で素っ裸になるのは抵抗があったが、そんな事を言っていたら、多分、間違いなく風邪をひいてしまう。
水の滴る洋服は流しに置き、とにかく乾いたタオルで体を包み、頭を拭いた。
部屋ではドライヤーを使えないから、ただただ、タオルで拭くほかはない。それでも体は冷え切り、小さなストーブの熱では震えは収まりそうもなかった。
サチに悪いと思いながらも、少しストーブの向きを変え、しばらく正面で熱を吸収する。
しかし、背中を吹き抜けていく風と、寒気は収まりそうもなく、手の指先があったまっても、足のつま先は氷のように冷たいままだ。
温かい風呂に入りたいと思った瞬間、少しだけ前向きなアイデアが浮かんだ。
とりあえず乾いた下着とTシャツを着て、厚手の靴下を履き、ベッドの上の布団を体に巻いて流しのお湯の栓をひねる。
しばらく氷のような水が出ていたが、段々に暖かいお湯になり、手近な鍋にお湯をためて手を中に着けた。ジンジンと血液が流れて行くのを感じ、少しずつ指先から腕の方まで温かみが伝わってくる。俺は何度もお湯を入れ替え、手を温めた。
水の音がしたせいか、サチが寝返りをうち、俺のいつもと違う様子に上体を起こした。
「コータ、どうしたの?」
まだ寝ぼけているのか、少し曇った声がする。
「雨、大丈夫だった?」
さすがに、あれだけの雨脚なら部屋に居ても良く聞こえたはずで、サチは俺の様子をしばらくうかがっていたが、突然、目が醒めたらしく俺に飛びついてきた。
「コータ、大丈夫?」
サチに掴まれた腕は、まだ氷のように冷たい。
「コータ、病気になっちゃうよ」
サチは言うと、俺の体に抱き着いてきた。
「サチ、しばらく布団にくるまっててくれ、ストーブで温まるから」
俺が言うと、サチは俺の事を押し倒すようにしてベッドに座らせた。
それからタオルで俺の濡れた手を拭き、ベッドわきまで引っ張り、ストーブを俺の方に向ける。
「そこまでしなくて大丈夫だから」
俺が言うのも訊かず、サチは自分の毛布を引っ張ると、それも俺の体にかけた。
「これじゃ、サチが風邪ひくから・・・・・・」
そういう俺をサチが本当に押し倒した。
「サチ?」
俺は驚いて、俺の胸に飛び込んで来たサチを成り行きのまま受け止めた。
サチの体は暖かく、身体だけでなく、心まで温まっていくようだった。
「大丈夫。こうやって、二人で一緒に居たら、すぐにコータは暖かくなるから」
サチは言うと、俺をしっかりと抱きしめてくれた。
サチの体温のおかげで、震えがおさまり始めた。
「靴下脱いで、コータ、自分の体温だけじゃ温められないから、あたしの足に足を絡ませて」
サチは言うと、器用に俺の靴下を足で引き下げる。
俺は言われるまま、靴下を脱ぎ、Tシャツにボクサーパンツ姿で腕の中のサチを抱きしめた。
「二人なら、大丈夫だから。コータに風邪ひかせたりしないから」
サチの体の暖かさで、俺は寒さも忘れて泥のように眠りに落ちて行った。
目覚めると、既にサチは起きていて、俺一人が布団と毛布を掛けてベッドに横になっていた。
サチはコンロに鍋をかけ、何かとてもいい匂いのするものを作っていたが、俺は再び睡魔に襲われ、眠りに落ちて行った。
「コータ、おかゆ出来たよ」
サチの声に起こされ、俺はもうすぐ定食屋のバイトに行く時間だという事に気付いた。
「ありがとう。食べたら、行かないと・・・・・・」
お粥を食べようと起き上がろうとしても、呪いでもかかっているかのように体が動かなかった。
もしかして、これは恋人でもない女性と同衾したことによる、自分のモラルハザードによるものなのかと、俺はバカな事を考えてしまう。
「今日のバイト、コータ無理だよ。すごい熱だもん」
サチに言われ、額に触ると、自分でもわかるほど額が熱く、サチが置いてくれたらしいタオルはぬるく温まっている。
「一階のおばさんに体温計借りて計ってみたら、四十度近くあったから、近くの薬局で解熱剤と、風邪薬買ってきた。でも、熱が下がってもバイトは無理だよ」
サチの言葉に、俺はもう一度起き上がろうとして、あまりの体の重さに断念した。
「サチ、電話かけて来てくれるか?」
俺は定食屋とスーパーの電話番号をサチに渡し、定食屋はオーナーに、スーパーは管理課の半沢さんに、お休みすることを伝えてくれるように頼んだ。
「わかった。すぐに電話してくるから、コータはおかゆ食べててね」
サチは俺の手を引っ張って起き上がらせると、自分のポーチを持って部屋を出て行った。
このアパートの一階には、今は天然記念物のようなピンク電話が設置されている。それでも、家主さんの好意で、携帯電話にかけない限り、一回十円あれば、用件が話し終わるくらいの長さ話せるようになっているから、ピンク電話様々だ。
俺がお粥を二口すする前に、サチは部屋に戻ってきた。
「大将に説明したら、熱が下がるまで出勤禁止だって。お客さんにうつると困るし、生きの鰆は困るって。それから、スーパーも、食品扱うから、熱が下がってから出勤してくださいった。夜勤は、今日はない日だよね?」
サチに訊かれ、俺はボートした頭では思い出せず、サチと共同生活してからシフトを共有するために使っているカレンダーを見ようとしたが、焦点があわず断念した。
「コータは、お粥を食べて薬を飲んだら休んで。片付けも、洗濯も、ちゃんと私が行くから」
「いや、でも、サチに俺の下着を洗わせるのは・・・・・・」
恥ずかしいのではなく、申し訳ないというのが正直なところなのだが、サチは一切気にしていないようだった。
気にしていないと言えば、俺が熱のせいで勝手な妄想をしたのでなければ、サチと俺は、抱き合って寝たはずなのに、不思議とサチからはただの同居人から、同衾する中に進展?があったようには感じられない。
俺は大人しく、サチに渡されたお粥を完食し、錠剤と毒々し気な色をしたカプセルの薬を飲み干し、再び横になった。
「コータ、眠って。そうしたら、だいぶ良くなると思う。あと、コータが良くなるまで、私一緒に寝て良い?」
サチの言葉に、俺は驚いたものの、身体や頭の反応スピードが遅く、返事のタイミングがつかめない。
「布団と毛布、両方使わないと、コータの熱が下がらないと思うから」
サチに言われ、俺は自分がサチの毛布を掛けている事に初めて気づく。
「サチにうつすといけないから」
なんとか、サチの毛布をはがそうとするが、背中から這い寄る寒気に身震いする。
「コータ、ダメだって。だから、コータが良くなるまで。ね、良いでしょ」
真剣なサチの瞳に、俺は頷いていいものか判断がつかない。
「コータ、私、コータに拾ってもらうまで、誰の家にも泊ったことなかったの。私、誰の家にでも泊まるような、一泊のお礼を体で払うような女じゃないから。だから、コータの隣に寝ても、コータが汚れるようなことはないから」
サチの目から、ポロポロと涙が溢れた。
ああ、サチ。俺はそんなことを心配していたんじゃない。俺のこの疫病神のような、貧乏神のような体質がサチにうつるのを俺は心配していただけなんだ。
サチに説明したかったけれど、言葉はそれほど沢山は離せず、俺はただ『俺はサチが大切だから』とだけ言って、その先を口にする前に眠りに落ちてしまった。
お互い、成人している事だけ確認しただけで、俺はそれ以上サチが嫌がるサチの事を尋ねなかったし、サチも俺の事は何も尋ねなかった。
俺の仕事は、大学が始まって学生が少なくなったおかげで夜勤の交通整理も増え、サチと過ごす時間は出会ったころより格段に少なくなっていった。それは、俺の睡眠時間が短くなりと体力がすり減るのと比例していた。
それでも、サチは夜の仕事に出る俺に弁当を作ってくれ、朝も朝食を作って送り出してくれた。それから、今まである程度計画的ではあったけれど、俺の料理スキルに合わせた食材しかもらってこなかったのに対し、サチが献立を考えて希望する食材のリストを作ってくれるようになったおかげで、俺とサチの食卓のバリエーションも大幅に増えた。
もちろん、全ての食材を貰って済ますことはできないので、お米や調味料、洗剤などは当然自腹で買う事になったが、俺が忘れていると、サチが買ってきてくれることもあり、俺の生活は困窮することなく、生活レベルを維持したまま、二人での暮らしを続けることができた。
冷たい雨の夜勤を終え、部屋にたどり着いた俺は全身から水が滴っているのを水音で知る事が出来た。当然、着ているものは全て絞れるほどの雨水を吸収していて、自分が凍えそうな寒さでガタガタと震えている事にも気付いていた。
建付けの悪い扉を開けて中に入ると、俺の為に用意されているタオルが何枚かおかれていた。俺はサチが寝ているのを確認すると、着ているものを全部脱いでタオルにくるまった。
さすがに、恋人でもない異性のいる部屋で素っ裸になるのは抵抗があったが、そんな事を言っていたら、多分、間違いなく風邪をひいてしまう。
水の滴る洋服は流しに置き、とにかく乾いたタオルで体を包み、頭を拭いた。
部屋ではドライヤーを使えないから、ただただ、タオルで拭くほかはない。それでも体は冷え切り、小さなストーブの熱では震えは収まりそうもなかった。
サチに悪いと思いながらも、少しストーブの向きを変え、しばらく正面で熱を吸収する。
しかし、背中を吹き抜けていく風と、寒気は収まりそうもなく、手の指先があったまっても、足のつま先は氷のように冷たいままだ。
温かい風呂に入りたいと思った瞬間、少しだけ前向きなアイデアが浮かんだ。
とりあえず乾いた下着とTシャツを着て、厚手の靴下を履き、ベッドの上の布団を体に巻いて流しのお湯の栓をひねる。
しばらく氷のような水が出ていたが、段々に暖かいお湯になり、手近な鍋にお湯をためて手を中に着けた。ジンジンと血液が流れて行くのを感じ、少しずつ指先から腕の方まで温かみが伝わってくる。俺は何度もお湯を入れ替え、手を温めた。
水の音がしたせいか、サチが寝返りをうち、俺のいつもと違う様子に上体を起こした。
「コータ、どうしたの?」
まだ寝ぼけているのか、少し曇った声がする。
「雨、大丈夫だった?」
さすがに、あれだけの雨脚なら部屋に居ても良く聞こえたはずで、サチは俺の様子をしばらくうかがっていたが、突然、目が醒めたらしく俺に飛びついてきた。
「コータ、大丈夫?」
サチに掴まれた腕は、まだ氷のように冷たい。
「コータ、病気になっちゃうよ」
サチは言うと、俺の体に抱き着いてきた。
「サチ、しばらく布団にくるまっててくれ、ストーブで温まるから」
俺が言うと、サチは俺の事を押し倒すようにしてベッドに座らせた。
それからタオルで俺の濡れた手を拭き、ベッドわきまで引っ張り、ストーブを俺の方に向ける。
「そこまでしなくて大丈夫だから」
俺が言うのも訊かず、サチは自分の毛布を引っ張ると、それも俺の体にかけた。
「これじゃ、サチが風邪ひくから・・・・・・」
そういう俺をサチが本当に押し倒した。
「サチ?」
俺は驚いて、俺の胸に飛び込んで来たサチを成り行きのまま受け止めた。
サチの体は暖かく、身体だけでなく、心まで温まっていくようだった。
「大丈夫。こうやって、二人で一緒に居たら、すぐにコータは暖かくなるから」
サチは言うと、俺をしっかりと抱きしめてくれた。
サチの体温のおかげで、震えがおさまり始めた。
「靴下脱いで、コータ、自分の体温だけじゃ温められないから、あたしの足に足を絡ませて」
サチは言うと、器用に俺の靴下を足で引き下げる。
俺は言われるまま、靴下を脱ぎ、Tシャツにボクサーパンツ姿で腕の中のサチを抱きしめた。
「二人なら、大丈夫だから。コータに風邪ひかせたりしないから」
サチの体の暖かさで、俺は寒さも忘れて泥のように眠りに落ちて行った。
目覚めると、既にサチは起きていて、俺一人が布団と毛布を掛けてベッドに横になっていた。
サチはコンロに鍋をかけ、何かとてもいい匂いのするものを作っていたが、俺は再び睡魔に襲われ、眠りに落ちて行った。
「コータ、おかゆ出来たよ」
サチの声に起こされ、俺はもうすぐ定食屋のバイトに行く時間だという事に気付いた。
「ありがとう。食べたら、行かないと・・・・・・」
お粥を食べようと起き上がろうとしても、呪いでもかかっているかのように体が動かなかった。
もしかして、これは恋人でもない女性と同衾したことによる、自分のモラルハザードによるものなのかと、俺はバカな事を考えてしまう。
「今日のバイト、コータ無理だよ。すごい熱だもん」
サチに言われ、額に触ると、自分でもわかるほど額が熱く、サチが置いてくれたらしいタオルはぬるく温まっている。
「一階のおばさんに体温計借りて計ってみたら、四十度近くあったから、近くの薬局で解熱剤と、風邪薬買ってきた。でも、熱が下がってもバイトは無理だよ」
サチの言葉に、俺はもう一度起き上がろうとして、あまりの体の重さに断念した。
「サチ、電話かけて来てくれるか?」
俺は定食屋とスーパーの電話番号をサチに渡し、定食屋はオーナーに、スーパーは管理課の半沢さんに、お休みすることを伝えてくれるように頼んだ。
「わかった。すぐに電話してくるから、コータはおかゆ食べててね」
サチは俺の手を引っ張って起き上がらせると、自分のポーチを持って部屋を出て行った。
このアパートの一階には、今は天然記念物のようなピンク電話が設置されている。それでも、家主さんの好意で、携帯電話にかけない限り、一回十円あれば、用件が話し終わるくらいの長さ話せるようになっているから、ピンク電話様々だ。
俺がお粥を二口すする前に、サチは部屋に戻ってきた。
「大将に説明したら、熱が下がるまで出勤禁止だって。お客さんにうつると困るし、生きの鰆は困るって。それから、スーパーも、食品扱うから、熱が下がってから出勤してくださいった。夜勤は、今日はない日だよね?」
サチに訊かれ、俺はボートした頭では思い出せず、サチと共同生活してからシフトを共有するために使っているカレンダーを見ようとしたが、焦点があわず断念した。
「コータは、お粥を食べて薬を飲んだら休んで。片付けも、洗濯も、ちゃんと私が行くから」
「いや、でも、サチに俺の下着を洗わせるのは・・・・・・」
恥ずかしいのではなく、申し訳ないというのが正直なところなのだが、サチは一切気にしていないようだった。
気にしていないと言えば、俺が熱のせいで勝手な妄想をしたのでなければ、サチと俺は、抱き合って寝たはずなのに、不思議とサチからはただの同居人から、同衾する中に進展?があったようには感じられない。
俺は大人しく、サチに渡されたお粥を完食し、錠剤と毒々し気な色をしたカプセルの薬を飲み干し、再び横になった。
「コータ、眠って。そうしたら、だいぶ良くなると思う。あと、コータが良くなるまで、私一緒に寝て良い?」
サチの言葉に、俺は驚いたものの、身体や頭の反応スピードが遅く、返事のタイミングがつかめない。
「布団と毛布、両方使わないと、コータの熱が下がらないと思うから」
サチに言われ、俺は自分がサチの毛布を掛けている事に初めて気づく。
「サチにうつすといけないから」
なんとか、サチの毛布をはがそうとするが、背中から這い寄る寒気に身震いする。
「コータ、ダメだって。だから、コータが良くなるまで。ね、良いでしょ」
真剣なサチの瞳に、俺は頷いていいものか判断がつかない。
「コータ、私、コータに拾ってもらうまで、誰の家にも泊ったことなかったの。私、誰の家にでも泊まるような、一泊のお礼を体で払うような女じゃないから。だから、コータの隣に寝ても、コータが汚れるようなことはないから」
サチの目から、ポロポロと涙が溢れた。
ああ、サチ。俺はそんなことを心配していたんじゃない。俺のこの疫病神のような、貧乏神のような体質がサチにうつるのを俺は心配していただけなんだ。
サチに説明したかったけれど、言葉はそれほど沢山は離せず、俺はただ『俺はサチが大切だから』とだけ言って、その先を口にする前に眠りに落ちてしまった。