君のいた時を愛して~ I Love You ~
 サチがコータのメールに気付いたのは、既に夜の八時を過ぎた頃だった。
 ほんの少し寝たつもりが、もうすぐコータが帰ってくる時間だと思うと、サチは一瞬パニックを起こしそうになったが、それでもメールにピザを買って帰るとは言っているだけで、いつもの『これからかえる』がまだ届いていないことに、少しだけホッとした。
 今日は、やる予定の掃除も、洗濯も何もしていない。狭い部屋だからこそ、いつもきっちりと掃除や洗濯をこなしておかないと物置に住んでいるようになってしまうのにと、サチはこんな時間まで寝とぼけ、コータからのメールにも気付かなかった自分がどうしようもなく、怠け者な気がした。
『コータ、ピザ、楽しみにしてるね』
 遅ればせながらメールに返事を送り、サチは今更洗濯もできないので、とりあえずコータが帰ってきた時に、部屋が汚いと思われないように、片付けられるところだけをさくっと片付けた。
「あーあ、四次元ポケット欲しいなぁ。あれがあったら、なんでもしまっておけるのに。どら焼き買っておいたら、出て来たりしないよね・・・・・・」
 サチは現実逃避しながら、大きなため息をついた。
 そこへPHSの着信音が響いた。
「あ、サチ、ピザなんだけど、どんなのがいい?」
 確かに、日頃ピザなどという高級な食べ物を食べないサチとコータには、これという名前が思い当たらない。ピザはピザ以外に名前があるのだろうか?
「えっと、コータの好きなのでいいよ」
 サチはとりあえず、一番無難な答えを言った。
「えっとさ、肉が載ってるのと、果物が載ってるのとどれがいいかなって・・・・・・」
 数分にわたり、電話の向こうでメニューを見ながら説明するコータと、電話のこちらでまだ味わったことのないピザの味を思い描くサチとの間で会話が繰り返されたが、結局、お店の人の一番のお勧めと二番のお勧めにしようという、安易な答えで会話は終了した。
「ピザって、あんなに沢山あったんだ・・・・・・」
 サチは呟きながら、冷蔵庫の中を覗き、残り物の野菜で簡単なサラダを作ってコータの帰りを待った。


 コータは一時間程してから、大きな箱を手に帰ってきた。
「えっと、こっちが、ハワイアン。で、こっちがマルゲリータ」
 コータは箱を置くと、すぐに着替えに入った。
「簡単なサラダ作っておいたよ」
 サチは言うと、用意しておいたお皿とフォーク、それにナイフを片手に、宝箱の中を覗くようなドキドキ感を胸にピザの箱を開けた。
「あれ? これ、パイナップルがのってる」
「あ、それがハワイアン。甘い感じがするけど、女性にも人気だって言われたから」
 コータの答えを聞きながら、サチはもう一つの箱を開けた。
「これ、なんか、葉っぱがのってる」
 言ってから、サチはそれが『バジル』の葉だと気付いた。
「そっちが、一番オーソドックスなピザで、マルゲリータだって」
 素早く部屋着に着替えたコータが手を洗って席に着いた。
「おれ、ハワイアン食べてみるよ」
「じゃあ、あたしも」
 サチは言うと、ハワイアンを一切れずつお皿にのせた。
「いただきます」
「いただきます」
 二人で声が重なるようにして言ってから、一気にピザに噛り付いた。
「美味しい!」
 先にサチが声を上げ、『これ、うまいね』とコータが相槌を打った。
 二人でピザを食べながら、コータはここのところ考えていた話を切り出すことにした。
「サチ、結婚式、挙げたくないか?」
 突然の問いに、サチの目が点になった。
「結婚式? 無理だよ。そんな、無駄遣い、ダメだよ」
 思考が正常に戻るなり、サチは否定の言葉を並べた。
「わかってる。式を挙げるのは無理かもしれない。でも、サチだって、ウェディングドレス着たいだろう?」
 コータの問いに、サチは口をあんぐりと開けたまま固まった。
 真っ白なウェディングドレス、幼い頃からの唯一の夢だった。でも、自分には着る機会はないと、もうずっと前にあきらめていた夢だった。
「ほら、指輪は交わしたけど、なんか写真とかもないしさ、二人がめぐり合って、幸せに結婚したって、記念の写真くらいあってもいいかなって、そう思ったんだけど、サチはどう思う?」
「それは、着てみたいよ。でも、指輪も高かったし、勿体ないよ」
 サチの言葉に、コータはサチの事を見つめた。
「俺、サチのウェディングドレス姿が見たい」
「えっ!」
 サチの顔が驚きに変わり、赤くなった。
「あ、あたし一人で着ても恥ずかしいよ」
「調べたら、そういう写真を撮ってくれるところがあるらしいんだ。俺さ、シングルマザーの家で育っただろ、だからさ、俺たちの子供には、ちゃんと結婚式の写真ってものを見せてやりたいんだ。もちろん、写真だけだけど。だから、二人で貸衣装来て、写真撮らないか?」
「写真、撮りたい!」
 サチは手に持ったピザを投げ出してコータに飛びつきそうな勢いで答えた。
「じゃあ、俺、調べておくから、下見に行って、良いと思ったところで撮ってもらおう」
「ありがとう、コータ。コータって、まるであたしのサンタクロースだね」
 サチの言葉に、コータが首を傾げた。
「だって、昔友達が言ってた。欲しい物をサンタクロースは何でも持ってきてくれるって。でも、家にサンタクロースは来たこと、一度もなかったんだ」
「それを言ったら、俺のところにも来たことはないかなぁ」
「でも、コータはあたしの欲しい物を何でも暮れるよ。温かい部屋、安心して暮らせる場所、良い働き口、それに大切な家族。全部、あたしがずっと欲しかったものだもん」
「じゃあ、今年もサンタクロース姿でケーキ売るか~」
「やだ、クリスマスは、ゆっくり二人で過ごしたい」
「なんだ、サチ。欲張りっこになってるぞ」
「だって、あたし、幸せで、幸せで、怖いくらい幸せなんだもん」
「俺だって怖かったよ。サチと引き離されて。だから、絶対に、サチを手放さないって誓ったんだ。だから、その誓いを形にしたいし、写真、撮ろうな」
「うん!」
 サチは極上の笑みで答えた。
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